北海道横断自動車道建設に伴い、昭和六十二年札幌新道(国道五号線)の中央分離帯内が発掘調査された。遺跡の標高は一三メートル前後である。発掘調査では調査区域が札幌新道敷設の際に激しく攪乱を受けており、磨滅した縄文時代後期初頭の土器のみが検出されたにすぎないが、出土した石器の中に北海道式石冠と称される特異な形状の縄文時代前期に特有の石器が数多く含まれていた。また、発掘対象地区外の畑地には多くの遺物が散見されており、この中にも縄文時代前期の植物繊維を多量に含んだ厚手尖底土器が見られる。北海道式石冠もまた多量に散見されていた。
他に発寒川扇状地に立地する遺跡は四カ所あるが、発掘調査は実施されておらず分布調査によって確認されたものである。いずれも中の川の流域に立地しており、標高は一一~一五メートルと遺跡の状況は近似している。N八遺跡(西区発寒七条一三丁目)、N九遺跡(西区発寒八条一二丁目)、N一一遺跡(西区発寒七条一一丁目)、N一三遺跡(西区発寒八条九丁目)の四遺跡があげられ、北海道式石冠が例外なく発見されている。