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晩期の様相

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 市域の晩期は、東北地方の亀ヶ岡系の文化の影響を強く受けた渡島半島と、道東の非亀ヶ岡系のヌサマイ・緑ヶ岡文化との狭間(はざま)となっており、双方の文化の辺境地域に形成された弱少文化としての枠を出ないものであるとともに、札幌の地形、地質の要因から狩猟・漁撈・採集のために適した良好な自然環境が少ないこととあいまって、北海道の晩期文化に影響を与えるほどの文化が発展しなかったと理解することができる。
 花粉分析の結果によれば、晩期にはほぼ現在に近い植性となっている。渡島半島は冷温帯落葉広葉樹林帯で東北地方と同一であり、道東・道北は亜寒帯針葉樹林帯となる。渡島半島に見られる亀ヶ岡文化は、狩猟・漁撈・採集経済のもとに営まれた文化としては、世界的に類例を見ない発展を遂げた文化である。
 アメリカ西海岸のカリフォルニアインディアンでは、サケとドングリを保存食料とする北部インディアンのほうが、ドングリのみを主食とする南部インディアンより、その保有している物質文化が高度であるという。
 日本でも冷温帯落葉広葉樹林帯では、ブナ、トチノキ、クルミ、クリなどの植物性食料に加え、定期的に遡上するサケ・マスを食料とする有利な自然的背景があり、この地域の縄文文化が他より一段と発展したとの説がある。この考えに対し、サケの骨が出土する遺跡数が全国的に少ないとの反論や、サケの骨はやわらかいため食用にされたり、腐蝕が早いため現在までに遺存されない等の再反論などがあり、現在に至ってもこの論争の結着がついていない。いずれにせよ北日本の河川に豊富に遡上したサケ・マスを、当時の人々が食用に供することがなかったとは考えられず、今後は現在試みられている微細な遺物の浮遊離法(フローテーション)などの調査技術の導入と、原始的な農耕の存在までをも含めた食料資源のあり方などの総合的な観点から、問題点を明らかにし解決していかなければならない。