英雄ユーカラのテーマの時代は擦文期後半のアイヌ社会で、その成立期は一四世紀以降、近世以前とされる。一三世紀には擦文文化が終わりをつげ、民族的なまとまりにおいて、新たな段階を迎えた。住居は「チセ」と呼ばれる地上の家屋となり、カマドが消え炉となり、食物は炉にかけ鉄鍋ですべての食物を煮炊きするのが近世アイヌの生活様式の大きな特徴であるが、彼等が本州から鉄鍋を移入することで、煮炊用に使用する土器を作らなくなった。これが擦文文化の終末をつげる大きな出来事である。もっともこの過渡期には、内耳鉄鍋に模した内耳土鍋が一四~一五世紀頃まで作られていたとする。ともかく本州との交易を踏まえて生活様式が一変して行くのである。
本州との、加えて沿海州との交易の拡大はアイヌの狩猟、漁撈、採集の生活を強化し、一面もたらされたアイヌにとっての宝物(イコロ)となる各種の漆器類、刀剣類、装身具などの所有は共同体首長の成長を強化促進し、その社会の内部構造の変化の中で、熊祭りに代表されるアイヌ文化特有の諸宗教儀礼の精神文化が形成されてくる。もっとも熊祭りの信仰儀礼は、北方文化に根ざすものとされている。
したがって中世のアイヌ社会は擦文文化期と異なる新たなもの、すなわち、アイヌ民族社会の形成期であった。この民族形成過程の中でアイヌ民族の叙事詩「ユーカラ」がつくられてきたものと思われる。