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札幌村

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 札幌市に隣接する近郊農村として発展してきていた札幌村は、一級町村となった大正十三年の耕地面積は三〇六四町歩であり、農作物では特に玉葱が年産三〇万円をこえるほどの特産品であったが、他にも水稲・燕麦・大麦・野菜類などが主要作物であり、酪農を中心とした畜産も盛んであった。この時期の札幌村につき『小樽新聞』(大13・3・27)は以下のように紹介している。
本村は玉葱の名産地であって夙(つと)に遠く海外に輸出し其産額年々三十万円を下らない。又近時札幌市の発展に伴ひ蔬菜栽培者増加し将来は之が供給地として嘱望せられて居る。其他燕麦、米、雑穀類等年産額六十五万八千余円を算し、畜産亦盛んにして乳牛を多く飼養するもの多く、其数五百五十余頭に上り生産乳量七万余円にして道内有数の畜産地である。

 この時期、札幌村で最も期待していたのは札沼線の村内通過であった。大正十二年一月二十三日に札沼線札幌村協賛会も発足して誘致につとめられたが、札沼線が苗穂ではなく桑園を分岐することとなり、実現を見るには至らなかった。
 札幌村は、農村と札幌市に隣接する住宅地という二面の顔を持っていたが、新川添や苗穂を中心とした市街地部分は昭和九年四月一日に札幌市へ編入となり、これ以降は純農村となっていく。