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電車買収の経過

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 札幌市側で買収を決定し、市会を開催する直前、十二月二十四日札幌電気軌道会社では定時株主総会が開かれた。その席上十四年の計画案説明の中で板谷社長は、「市が買収するぞと謂はるれば、いやだとは謂へ無い立場に置かれて居る(軌道法の明文上)が、国家の買収とは別問題で自治体の買収は、売買当事者が出来る丈け交譲妥協せよ、と謂ふのが単に条理上当然である」として、一方的な買収話ではなく、交渉が必要であることを述べた(北タイ 大13・12・25)。この発言で見ると、やはり軌道法の条文の威力が十分に発揮されている。だからといって札幌市の一方的な方針だけで買収が進むものではなかった。この後の買収経過は、市側が最初に市会で示したのが一九〇万円余、その後会社側から提出した営業成績から算定した金額は二六〇万円である。それに対し電気軌道会社側からは三〇〇万円以上を提示した(北タイ 大14・2・15、10・16)。買収交渉は、この価格の問題で折り合わず、長引くことになった。
 十四年十二月三日、公共団体の軌道買収の場合に、買収価格は「市と会社との協定に俟つことゝなって居るに拘はらず、今回市の執った形式は、申込という一方の意志に依ったもの」という価格決定の形式と、提示された価格に承伏できず、会社側は市の申し込みを拒否した(北タイ 大14・12・2、25)。その後も札幌市側は再調査をしつつ、電車会社と協議を重ね、両者の開きは縮まりつつあった(北タイ 大14・12・13、24、15・1・12、14、4・2など)。その中で札幌市は主務省(鉄道省)の大臣に裁定を委ねようとした(北タイ 大15・3・18、4・11など)。道庁で裁定申請書の再調査中に、道庁長官や一柳代議士らの仲裁から両者が歩み寄り、十月一日「電車一切を三百七萬五千円で市に譲渡」する事が内定し(北タイ 大15・10・2夕)、同日の市会でも買収決議がなされた(北タイ 大15・10・2)。両者は十一月二十五日市役所において契約書に調印した(北タイ 大15・11・26夕、26)。その後買収費用となる起債の認可を待って一年が経過したが、昭和二年十二月一日午前零時から札幌市電気局となって、札幌市営電車が成立した(北タイ 昭2・12・1、2)。

写真-5 市営記念の花電車(昭2)