札幌茨戸間を走る
札幌軌道株式会社は、馬車鉄道で営業を行っていたが、大正十一年ガソリン機関車による牽引に変更することとし、九月二十二日ガソリン機関車による運輸を開始した。この会社は大正十五年八月十四日からは石狩茨戸間の船舶による貨客輸送も開始した。その他馬車・馬橇などによる運送なども行い、貨客の輸送会社として経営に努力している。だが営業成績は、石狩での油田開発や沿線農業地帯の洪水などの被害による農作物の生産高、糧秣廠の燕麦調達の多寡、一般的な経済活動の好不況などに左右された。また昭和七年には茨戸とその対岸で遊園地の経営も始めた。九年十一月に
札沼線が開通すると
札幌軌道は競合路線となり、鉄道省からその損失が保証され、十年二月二日で軌道の営業を廃止した(大正十年以降の各年度営業報告 交通博物館蔵)。
写真-8 札幌軌道のガソリン機関車
四月にこの会社は
札幌軌道バス株式会社と改称し、北七東一~茨戸間、茨戸~生振間、茨戸篠路間のバス営業を行った。さらに社名を
札幌観江バス株式会社と変更して十八年の企業統合まで存続する(二十五年史)。