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北海道開発株式会社

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 なお、北海道開発ブームは、昭和十四年十二月北海道開発株式会社設立として具体化された。北海道開発は、「一、北海道ニ於ケル工業地帯ノ経営並ニ之ニ伴フ付帯事業、二、北海道水陸資源ノ開発事業、三、北海道ニ於ケル輸出産業並ニ中小産業ニ対スル助成事業、(中略)五、……土地、山林、鉱区、有価証券其ノ他ノ財産権ノ取得及処分ヲ為スコト」を事業内容としていた。取締役は一六人もいたが、北海道庁工業課長赤木救(たすく)や、大阪財界との懇談会を世話した大阪商工会議所副会頭片岡安らが名を連ね、全産聯の藤原銀次郎が相談役に就任するなど、「北海道庁ヲ初メ、全国産業団体聯合会関東産業団体聯合会(東京)・北海道資源開発同志会(大阪)・北海道資源調査会(名古屋)・北部産業団体聯合会(札幌)等ノ諸団体ノ熱烈ナル要望ト支援ノ下ニ」設立されたのであった(北海道開発株式会社 北海道開発株式会社要覧)。
 一万株以上の株主は、株式会社住友本社王子証券株式会社、三井物産株式会社、三菱鉱業株式会社であり、これ以外も道内外の大企業が名を連ね、財閥の放資先としても位置づけられたものと思われる(同前 第三期営業報告書)。
 それでは、北海道開発は、どのような事業を行ったのだろうか。まず、十五年一月に日本タンニン工業株式会社(旭川)設立の際、四〇〇〇株を所有し、監査役に北海道開発取締役から一人送り込んだ(同前 第一期営業報告書)。十六年四月には、寒地向住宅の改善普及を目的とする北海道住宅株式会社を設立、また函館船渠株式会社の増資に協力した(同前 第二期営業報告書)。十七年四月には食用魚粉など水産加工食料品製造を目的とする北海食料ミール株式会社を森町に設立し(同前 第三期営業報告書)、翌十八年には、北海道海藻工業株式会社(塩化カリウム、ヨード製造)、北海道理化学工業株式会社(殺虫剤製造)を関係会社に加えた(同前 第四期営業報告書)。
 これらの事業は、工業開発には違いなかったが、北海道に工業地帯を形成するという当初の目論見は、結局のところ夢に終わったのである。