第二中学の口頭試問は同年三月十二日から十六日までの五日間をかけて実施され、それは「準備試問」「常識考査」「素質性行考査」の三段階に区分されていた。新しい入学志願者選抜法で大きなウエイトを占めた口頭試問の内容と方法を知るうえで、同校のその一部を掲げておこう。
【第一日】 | |
一 | 紀元節はどんな日ですか。 |
二 | 都合、日和、印刷、従容、誕生 これらを読んでみなさい。紙に大きく認めて示す。 |
三 | 国歌「君ヶ代」をいってみなさい、どんな意味ですか。 |
四 | 十五円の靴を二割引で買たらその價はいくらですか。 |
五 | 或長さの竿を其全体の五分の一だけ水に入れましたら、ぬれない所は八尺ありました。此竿の全長は何尺ありますか。 |
【第二日】 | |
一 | 北海道に於ける市の名をあげてみなさい。 |
二 | 勤倹のケン、学業成績のセキ、参詣のケイ、養生のジャウを書いてみなさい。紙に左の如く大きく認めたものを読ましめ其答ふべき文字を指にて机に書かしむ。 勤ケン、学業成セキ、参ケイ、養ジャウ |
【第三日】 | |
二 | 国民の概念について (一) 我国に於て憲法発布されたのは何年か。 (二) 帝国憲法とは如何なるものか。 (三) 帝国議会とは如何なるものか。 (四) 帝国議会とは何をする所か。 (五) 如何なる人が選挙資格があるか。 |
【第四日】 | |
二 | 報恩 (一) あなたは今日まで諸方面から恩を受けて居たが、その重なるものをのべなさい。 (二) それ等の恩中で何が一番重いか。 (三) 受恩者の心得をのべなさい。 (四) 報恩の道(君恩、報恩、恩師、社会恩等につき)を述べなさい。 |
三 | 我国体に対する心得につきて (一) 世界三大強国とは何々ですか。 (二) 我国の他国にすぐれてたる点は何ですか。 (三) 万世一系とは如何なる事か。 (四) 国民の忠君愛国の例をあげて見なさい。 (五) 皇室と臣民との関係は如何ですか。 (北海道教育新聞 第三二号) |
学科試験を廃止した入学志願者選抜の実態は、この第二中学校の事例から明らかなように、回答形式をそれまでの「筆答」から「口答」に代えただけに過ぎなかった。したがって、批判の対象とされた「受験準備教育」は決して不要とはならなかったのである。同校の阿部校長も「準備教育の点は今年も行はれて居た様であった。帝国憲法については教師よりも詳しいのが居て訊いて見ると準備書を見て来たと云って居た」と語り、その事実を認めている(同前)。「受験準備教育」が行わなければ、中学校側が要求する学力水準には達しなかったのである。もちろん「試験地獄」も緩和されず、入学率は三八・五パーセントに過ぎなかった(表1参照)。
また、新しい入学志願者選抜法の実施に際して問題となったのは、出身小学校長の内申書の信憑性である。この問題に関して、『東京日日新聞』(北海道樺太版)は北海道での事実を踏まえ、「文部省の試験廃止の主旨は没却されて情実が多くなり小学校側では児童により以上の点数をつけてゐる」と報じている(昭3・4・1)。この内申書の信憑性をめぐる問題は今回ばかりではなく、翌四年にも問題化し新聞紙上を賑わせた(樽新 昭4・3・27)。これは「情実地獄」とも称された(札幌教育 第六三号)。こうした事態は全国的な現象で、文部省は四年十一月に文部次官通牒を発し、「考査ニ際シテ公正ヲ」期すため内申書を選抜の直接的な資料とするのではなく、参考程度に取り扱うことを指示した。同時に、二年前に廃止したはずの学科試験の実質的な復活を意味する筆記試問(九〇分以内)も必要に応じて採用することを認めた。この通牒を受けて、札幌の公立の中学校と高等女学校はいずれも筆記試問を実施することを決定した(同前)。