表-23 戦後日本経済と農政の時期区分 |
日本経済の展開(年) | 農政の展開 | 農業問題 |
戦後復興期(昭20~30) | 農地改革・食糧増産期 | 食糧危機 |
第1次高度成長期(昭30~40) | 基本法農政期 | 所得格差の拡大 |
第2次高度成長期(昭40~48) | 総合農政期 | 農産物過剰 |
高度成長破綻期(昭48~55) | 地域農政期 | 農産物価格低迷 |
経済構造調整期(昭55~ ) | 市場主義農政期 | 国内農業切り捨て |
井野隆一・田代洋一『農業問題入門』(平4)による。 |
第一期は戦後復興期であり、昭和二十年(一九四五)から三十年までの期間で、食糧増産政策が農政の基調をなした時期である。
第二期は基本法農政期であり、三十年から四十年までの期間で、戦後の農業・農政のあり方を強く規定した農業基本法が三十六年六月に施行され、その下で日本の農業が大きく発展ないし変貌を始める時期である。
この頃、①農業所得と都市勤労世帯のそれとの格差が年々拡大したこと、②農産物需要も作れば売れる時代から、好みに応じて選択して買う時代へと移行したこと、③三十五年六月の貿易為替自由化大綱発表により、開放経済体制へ移行したことなど、日本の農業は大きな曲がり角に立たされるに至ったが、こうした情勢に対応すべく制定されたのが農業基本法であった。
農業基本法を通読すれば、農業の基本問題を所得格差の拡大に、その要因を農業の生産性の低さに求め、その根底には零細農耕の問題があるとする。そして、そのような零細な農業構造の改善の契機は、他ならぬ高度成長が喚起する労働力需要による、農業労働力の大量動員によってもたらされるとし、具体的な施策としては所得均衡、生産性の向上、構造改善の三つが掲げられ、とりわけ構造改善が能動的役割を期待された。
こうして、農業構造改善事業をはじめ、さまざまな名称をもつ大がかりな補助事業が推進されていった。農業構造改善事業については、基本法農政期における第一次農業構造改善事業(一次農構)以下、農政の展開に即応してその内容を多少変更しつつ実施されていく。
第三期は総合農政期であり、昭和四十年から四十八年までの期間で、米の生産調整(減反政策)を中心に、食管制度の枠組みの大幅な緩和、農地の流動化の促進など、全体として農家の経営規模拡大を進める政策がとられ、第四期は地域農政期であり、昭和四十八年から五十五年までの期間で、第一次石油危機(オイルショック)をきっかけとする高度成長の破綻などを受けて農政の見直しが行われ、この中では、「地域主義」手法(村ぐるみによる対策の実施など)を農政にとり入れる試みもあったものの、日本の農業・農家全体としては一層の地位後退を余儀なくされた。
第五期は市場主義農政期であり、昭和五十五年から現在までの期間で、国際的な経済構造調整から始まった、日本の農業に対する市場主義原理の導入がエスカレートしていくことになった。国際的な経済構造調整を進めるために、具体的には内需拡大や市場開放、輸入拡大が図られたが、農政においても農産物輸入の拡大、減反政策の拡大、食管制度の再検討、市街化区域農地の宅地化促進などを進め、農業の担い手は経営基盤の強固な農家に一層狭められることになった。平成になってから矢継ぎ早に実施されたさまざまな措置により、市場主義原理の徹底化が進められている。