すなわち探鉱坑道の延長推移を表71でみると、四十八年度の三四五〇メートルから次第に延び、五十五年度の六二〇三メートルをピークとしているが、毎年度平均してほぼ四〇〇〇メートルに達している。このうち坑内探鉱は当初稼業中のマイナス四五〇メートル坑道(マイナス基準点は海抜約五六〇メートルの川上坑口)からさらに下部の六〇〇メートルまでを開発するために押し進められた。五十七年三月、第三立坑のマイナス六〇〇メートルへの掘り下がりが達成され、十二月には設備工事が完了して六〇〇メートル坑の基幹坑道化が進行し、さらに平成元年(一九八九)三月には第六立坑の積み込み設備が完成した(豊羽鉱山株式会社総務課)。
表-71 豊羽鉱山探鉱延長推移 |
年度 | 坑道探鉱 (m) | 年度 | 坑道探鉱 (m) |
昭48 | 3,450 | 平 1 | 4,365 |
49 | 4,162 | 2 | 3,246 |
50 | 4,852 | 3 | 4,240 |
51 | 5,015 | 4 | 4,152 |
52 | 5,304 | 5 | 3,513 |
53 | 4,637 | 6 | 4,660 |
54 | 5,489 | 7 | 4,947 |
55 | 6,203 | 8 | 5,677 |
56 | 5,323 | 9 | 6,358 |
57 | 4,432 | 10 | 5,822 |
58 | 4,833 | 11 | 4,439 |
59 | 4,070 | 12 | 4,440 |
60 | 3,938 | 13 | 3,902 |
61 | 2,198 | 14 | 3,366 |
62 | 3,369 | 15 | 3,107 |
63 | 4,107 |
昭和54年度までは豊羽鉱山30年史、それ以降は豊羽鉱山株式会社総務課より。 |
またこの間、坑外探鉱で特記すべきものは高品位鉱脈「信濃𨫤(ひ)」の発見である。昭和五十二年度に金属鉱業事業団(平成十六年二月から独立行政法人「石油天然ガス・金属鉱物資源機構」)が実施した「定山渓地域精密構造試錐JT-16号」において、着鉱幅一四・一メートル、金〇・一グラムトン、銀四九一グラムトン、鉛六・一八パーセント、亜鉛三七・二二パーセント、硫黄二七・五パーセントという高品位脈に着鉱したことが発見につながったのである。当該地域は高温岩盤地域であるので、まずは通気網の整備を行いつつ坑道掘削を進め、五十六年から坑内試錐探鉱が開始された。当初は南北系の新鉱脈と考えられたが、六十一年からは東西系の鉱脈走向を想定した探鉱が実施された。このような探鉱の結果、マイナス三〇〇メートルから同六〇〇メートル間において一連の極めて優勢な鉱脈が確認され、六十二年十二月、この新鉱脈は「信濃𨫤」と命名された(豊羽鉱山株式会社探査課「信濃𨫤の概況」平成二年九月)。「信濃𨫤」の開発工事は翌六十三年十二月に着手され、待望の出鉱は平成三年四月から開始されている。