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老朽施設の再整備と国際見本市の開催

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 昭和五十年代前半に取扱量の伸びによる施設の不備があれほど懸念された中央卸売市場は、その後も札幌圏に人口が集中したわりには取扱高が伸び悩んだ。これは大型店などの産地直送システムの普及で市場外流通が増大したり、半加工品を選ぶなどの消費者の食生活の変化が原因と見られ(道新 平2・1・9)、開場三〇周年の平成二年一月十八日から開催された感謝祭では、生鮮食料品の消費拡大を宣伝するほどであった。また同年ついに東部市場の開設が断念されたが、もともと手狭であったこと、三〇年を経て施設が老朽化したことなどを受けて、六年には全面建て替えの再整備構想がまとまり、十二年着工、十八年完成を目指して具体的な準備に入ったが、八年には国の財政事情から当初の構想より規模縮小を余儀なくされ、十七年度の完成が予定されている。
 一方、大谷地流通業務団地は昭和五十九年に一般分譲を終了し、翌六十年には一五年間一〇期にわたる工事でついに倉庫施設が完成した。これにより総工費一一五億七〇〇〇万円、一〇万三〇〇〇平方メートルに九五棟に及ぶ全国一の規模を誇る倉庫群で、札幌市内の貨物の二五パーセントを扱うこととなった(道新 昭60・10・9)。またこれより先、五十七年十月には大谷地流通業務団地内に札幌流通総合会館、通称アクセス・サッポロの建設がはじまり、五十九年六月八日から十七日までこけら落とし事業として札幌国際見本市が開催された。この事業は経済交流の拠点づくり、および地場産業の振興と札幌市、北海道の通商の拡大と国際親善を目的としたもので、国際展示コーナーには予定をオーバーして三二カ国四地域が出店し、入場者も二六万人にのぼった。その後六十三年、平成二年、五年以降は二年ごとに開催され、海外から参加した国・地域・機関は年々増加し、特に北方圏の積極的出展がみられた。国際見本市はその後テーマを「住環境」とし、十一年の第七回は札幌国際住環境見本市、十三年の第八回は札幌住環境見本市と名称を変更した。

写真-2 '87札幌国際見本市

 また大谷地流通業務団地中央卸売市場同様、三〇年近くを経過し、施設の老朽化、狭隘化、さらには車社会の進展による一般交通と貨物車交通の輻輳、団地内の駐車場不足といった問題が発生し、さらに人口急増や都市規模の拡大により団地周辺の環境が変化し、周辺住宅地と都市機能の連携が損なわれる恐れがでてきた(市勢要覧 平9)。そこで九年十月には「大谷地流通業務団地再整備基本計画」が策定され、また旧東部市場予定地を流通関連の施設用地として整備し、団地内就業者や周辺住民との憩いの場となるような空間つくりに取り組むとともに、団地内の各物流施設の高度化により団地全体の流通機能の向上を図り、今後の物流ニーズに対抗できる流通業務団地として再整備がなされている。また十二年度には「札幌市地域物流マネジメント計画」が策定され、市内企業による物流共同化へむけた調査検討も行われている。