盲学校・聾学校・養護学校は、学校教育法によって学校として正式に認められた。また昭和二十三年四月七日に、政府が「中学校の就学義務並びに盲学校及び聾学校の就学義務及び設置義務に関する政令」を公布したため、盲学校および聾学校が義務化された。ただしこの義務制は、学年進行によるもので、小・中学部あわせて九年間かかることになり、最終的に施行されるのは三十一年度となる。
終戦当時、市には、十八年七月に設置された庁立盲学校と、近藤兼市を校長とした私立札幌盲学校と私立札幌聾話学校(ただし疎開中)があった。二十一年に深宮クニエが聾啞私塾を開設したが、すぐに廃校となった。また二十三年には古瀬トキが星光聾啞学園を開設したが、翌二十四年四月に新設された道立札幌聾学校(琴似)の教師に採用されたため、学園を閉鎖した。また二十三年三月に私立札幌盲学校も廃校となった。二十三年に道内の私立盲・聾学校がすべて道立に移管された。私立札幌聾話学校も疎開先で道立御影聾学校となったが、その後廃校となった。