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戸隠善光寺往来
(十返舎一九と信濃)
十返舎一九と信濃 十返舎一九が初めて信濃を訪れたのは、文化8年(1811)で、中山道を軽井沢から
木曽路
,これが、『木曽街道続膝栗毛』第6編(文化12年)、第7編(文化13年)、『従
木曽路
善光寺道続膝栗毛』第
パスファインダー
(木曽の文学)
中山道
木曽路
兼好法師 和宮 木曾義仲 菊池寛 恩讐の彼方に 芭蕉 更科紀行 幸田露伴 風流仏 泉鏡花,出版社 出版年 新更科紀行 田中欣一/著 信濃毎日新聞社 2008.2 内容紹介
木曽路
,著者名 雑誌名 出版年 1 サイト名 URL 概要 2 サイト名 URL 概要 -信州の町- 「
木曽路
善光寺道名所図会
(「名所図会」の刊行)
文化元年(1804)に、『
木曽路
名所図会』6巻が刊行されましたが、天保期になって、善光寺道の宿駅を中心
パスファインダー
(昔の旅人)
概要を知るための ツール 資料リスト 中山道 善光寺道 江戸時代の旅人 善光寺道名所図会、
木曽路
名所,出版年 尾崎行也/著 八十二文化財団 2010年12月 道中記への誘い、善光寺道名所図会、
木曽路
名所図会,5 書名 従
木曽路
善光寺道 続膝栗毛八編 [上巻・下巻] 解読文:東都 十返 舎一九編
パスファインダー
(信州の「道」)
戸隠信仰の 道、善光寺街道、中山道、東山道、修学旅行、千曲川通船、信越線、高 速道路 善光寺道名所図会、
木曽路
名所図会,名所図会を読む 尾崎行也/著 八十二文化財団 2010年12月 道中記への誘い、善光寺道名所図会、
木曽路
名所図会,古東山道、令制東山 内容紹介 道、東山道支道、
木曽路
、越後路への連絡路の5編で構成し、推定東 山道道筋
パスファインダー
(十返舎一九の『続膝栗毛』)
安芸宮島を参詣した後、草津から中山道に入り、
木曽路
を通り洗馬から善光寺街道に入り、草津、高崎を経て江戸,『続膝栗毛』『方言修行金草鞋』(むだしゅぎょうかねのわら じ)『滑稽旅賀羅寿』(こっけいたびがらす)
木曽路
,1 書名 従
木曽路
善光寺道 続膝栗毛八編【上巻・下巻】解読文 著者名 出版社 穂高古文書勉強会
信濃名勝詞林
(信濃の記)
かへる春や櫻澤 凉莵 直江津の過角が餞別に木曾の寒さを申侍(はべ)るは此事なるべし 是れ一つちかふ
木曾路
,【注7】 桜沢は、
木曽路
の入り口に位置する集落で、「是より南
木曽路
」という石碑が建てられている。
二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部
(名所図会としての『二十四輩順拝図会』)
信濃関係の名所図会は、その後『
木曽路
名所図会』(1805年)と『善光寺道名所図会』(1849年)が出版
パスファインダー
(善光寺参詣と善光寺道)
キーワード 概要を知るための ツール 善光寺道名所図会 諸国道中商人鑑
木曽路
名所図会 木曽街道六十,] 尾崎行也/著 八十二文化財団 2010ー2011 「諸国道中商人鑑」「善光寺道名所図会」「
木曽路
名所図会,
木曽路
前田青邨著. 浅間山のひと夜 大町桂月著. 遊説彙報 木下尚江著.
善光寺道名所図会
(○小県郡田中)
麓なり、此辺に袮津といふ城山あり、昔頼朝卿の頃、根津甚平が住居の地 なり、根津甚平鷹術巧手の事ハ、
木曽路
名所図会
戸隠善光寺往来
(一九の作品中の『戸隠善光寺往来』の位置)
弥次郎兵衛と喜多八の2人は、伊勢神宮に参詣し、四国の金毘羅から安芸(あき)の宮島まで足を延ばし、帰りに
木曽路
「長野県町村誌」と明治初期の絵図・地図
(波多村)
中筋/中原/平林/松木原/水添/三日市場/金折/押出原/十三経塚/上中幅/下中幅/下原(しもっぱら)/
木曽路
木曾山林学校
(2.木曽の歴史)
東山道の険要に当り北陸より東海に赴く者又之に会したるを以て、古(いにしえ)より駅路を開き
木曽路
の称あり,慶長5年(注2-7)関ヶ原の事起るや徳川秀忠軍を率ゐて
木曽路
を過ぐ時に、木曽氏の遺臣山村良勝、千村良重召,今や鉄路は
木曽路
を貫通すると共に、木曽谷は東山道の枢機(すうき:かなめ)たるに於て、又其林業地たるに於
善光寺道名所図会
(○小県郡田中)
根津甚平が鷹術の名手であったことは、
木曽路
名所図会に出ています。そこを見てください。
パスファインダー
(信州の道・街道(中南信地域))
庶民の旅、伊勢参りの様子、道中記等について述べるととも に、『諸国道中商人鑑』『善光寺道名所図会』『
木曽路
名所図会,インターネット情報 新聞 出版社 出版年 信濃毎日新聞社 2008.2 内容紹介
木曽路
善光寺道名所図会
(『善光寺道名所図会』の構成)
凡例」によれば、「各地の名所古跡神社仏閣を掲載し、駅ごとに一圏を冠らしめ、行程をも記す」、「中山道は『
木曽路
名所図会
中仙道 都路 往来
([解説])
諏訪から先は「塩尻の山をうつ洗馬本山の」と洗馬を掛詞で表現して
木曽路
に入る。
信濃往来手本
([解説])
本山までが
木曽路
であることを説明し、次に松本が松平家の城下であることなどを紹介した後、塩尻からさらに諏訪
諸国道中商人鑑
(2 『中山道道中商人鑑』の成立)
「序辞」には文政八年乙酉冬とあり、中山道
木曽路
と東海道からはじめて、次第に東国・北国・神仏参詣の道まで
長野県師範学校生徒修学旅行概況
(2.本書の概況と特徴)
善光寺如来腰掛石、烈女阿藤、飯田城市沿革、天竜川船行、美濃信濃国境、寝覚め床、御嶽山登山、源の義仲祠堂、福島以北の
木曽路
道路改修工事等
パスファインダー
(刈萱と石堂丸)
善光寺信仰の遺跡を巡る 後編
木曽路
~伊那路~善光寺 刈萱山西 光寺 刈萱上人と石堂丸の映像を見ることができる
パスファインダー
(『更科紀行』と芭蕉)
著者名 出版社 出版年 田中欣一/著 信濃毎日新聞社 2008.2 内容紹介
木曽路
パスファインダー
(信州の峠道と峠の物語)
6 書名 著者名 出版社 出版年 信州の峠 市川健夫/著 第一法規出版 1972 古道紀行
木曽路
諸国道中商人鑑
(4 小田井から本山まで)
本山宿は
木曽路
の出入口にあたり、下段に奈良井川が流れている。,次のページには、
木曽路
入り口の絵とともに、ここから京都までの案内は、出来次第売り出すので、お買い求め御覧
信濃名勝詞林
(かけはしの記)
にひつさげ木賃を宿とし馬子を友とし浮世の塵(ちり)をはなれて仙人の二の舞をまねられ單身(単身)岐蘇路(
木曽路
,早く
木曾路
に入らんことのみ急かれて原新田まて三里の道を馬車に縮めて洗馬(せば)まてたどりつき饅頭(まんじゅう,桑の實の
木曾路
出づれば穗麥(穂麦)哉。 けふより美濃路に入る。餘(余)戶村に宿る。
パスファインダー
(信州の道・街道(東北信地域))
庶民の旅、伊勢参りの様子、道中記等について述べるととも に、『諸国道中商人鑑』『善光寺道名所図会』『
木曽路
名所図会
来目路の橋
([解説])
まず天明二年(1782)美濃に行き、
木曽路
も通ってみた。続いて、近江路を経て京都へいったらしい。
伊那の中路 わがこころ
(伊那の中路)
まず天明二年(1782)美濃に行き、
木曽路
も通ってみた。続いて、近江路を経て京都へいったらしい。
菴の春秋
([解説])
まず天明二年(1782)美濃に行き、
木曽路
も通ってみた。続いて、近江路を経て京都へいったらしい。
信濃名勝詞林
(更科紀行)
木曾路
は山深く道さかしく、旅寐(たびね)の力も心もとなしと、荷分(兮)子(かけいし)【注4】が奴僕(ぬぼく
宿継要書留
([解説])
1732)年・享保20(1735)年宝暦5(1755)年 町役人への申渡し、桜町の商売についての申渡し、
木曽路
二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部
([翻刻])
直に関東を巡るには、
木曽路
にかゝり、 桔梗が原、塩尻、下すハ、和田峠を越て、芦田、望月、塩名田,出る岑入る山の端のちかけれバ
木曽路
ハ月の影そみぢかき 須原あげ松の間に今井村有。
長野県師範学校生徒修学旅行概況
(長野県師範学校生徒修学旅行概況[全文])
神の御坂は恵那山の東北に当たり、頗る重嶺絶 険なれとも、往時
木曽路
の未た開けさる以前は、東山道は此道,
木曽路
は道路開鑿工事中と聞きしか、落合より三富野 の間は、既に落成せり。,
木曽路
に 入りしより。
上田の早苗
([翻刻])
御急キ可然由申ニヨリ、秀忠卿御馬ヲ小諸へ帰シ玉ヒ、上田ノ押トシテ森右近 太夫ヲ小諸ノ城ニ止メラレテ
木曽路
,フ、世ニ松本ヲ新府ト称フルヲ以テモ知ラル、[松本ヘ遷リシモ何頃ト 云フハ詳ナラサレトモ、今想フニ
木曽路
開
二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部
([現代訳])
続いて関東を巡るには、
木曽路
(中山道)に出て、桔梗が原、塩尻、下諏訪、和田峠を越して、芦田、望月、塩名田,出る岑入る山の端の近ければ
木曽路
は月の影ぞみぢかき 須原と上松の間に今井村がある。
信濃俳林 画像篶風集 後編
([翻刻])
の入空は風なり雪のやま 龍湖 夜の雪おくせぬほどにつもり鳬 雲底 やす/\と
木曽路
越行紅葉哉
宿継要書留
([翻刻])
慶安三庚寅二月 脇坂内膳 印 桜町中 (改頁) 定 一
木曽路
江御用御荷物相送,一宿賄代銭弐百文ツヽ 可下候事 (改頁) 15 右之通
木曽路
江御伝馬
宿継要書留
([現代訳])
庚寅年2月 脇坂内膳 印 桜町中 定め 一
木曽路
,一宿賄代は、銭500文ずつ下さること 人足1人につき一宿賄代は、銭200文ずつ下さること 右の通り
木曽路
文化文政頃上田人士俳句集
([翻刻])
(改頁)63 夕虹は麓なり鳬雲の峯 (為)隣 覗く井に雲の峯見る麓哉 長 雲の峯に入日の早き
木曽路
哉
英雄百人一首
([本文])
にあり、 (改頁) 11_源満仲(みなもとのよりみつ) なかなかに いひもはなたで 信濃なる
木曾路
烈女百人一首
([翻刻])
せてよろこぶことかぎりなし、その時、此哥は詠じけるとなん、 (改頁) 21_都の綾(みやこのあや) 信濃なる
木曾路
秀雅百人一首
([本文])
にやしきを給はり和学の講談所をたて、門弟日々に群をなす、一とせ上京のとき、富士の裾にて此哥を詠ず、又、
木曾路
碓氷
北向山霊験記 戸隠山鬼女紅葉退治之伝 全
([翻刻])
とおもいつゝ、袖(そで)のひるまもな く/\に、命計(いのちばか)りはながらへて信濃国(しなのゝくに)に
木曽路
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