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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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天保飢愁 ([解説])

冷害による凶作はこの天保7年で終わったのですが、翌8年春になり暖かくなったところで、「時疫」と称する疫病
パスファインダー (牧野康哉)

江戸時代 小諸藩主 発行機関 信濃毎日新聞 朝刊 34ページ 年月日 2017.1.22 2 見出し 疫病
善光寺道名所図会 (○別所温泉)

天長六年に諸国で疫病が流行しました。,17日のあいだ、法華経・薬師経など大法会修業をすると、疫病が少なくなり、人々はおおいに喜びました。
絵本東名物鹿子 二 ([翻刻])

駒込の富士神社では、麦藁蛇がこの富士詣の際の名物となっており、これを受けて帰ると疫病にかからぬという俗信
違作書留帳 ([現代訳])

くてもよい、 一、オオバコ(オオバコ科の多年草)の葉は、飯に入れるとよい、 一、飢饉のあとは必ず疫病,、昔も今も同じなので、心得ておくように、享保十七壬子(みずのえね)年(一七三二)は飢饉で、その翌年に疫病,が流行ったので、公儀より疫病を防ぎ、いろいろな草木を食べるはいいが、毒にあたることもあるので、毒消しの,干し揚った由、     (改頁)   二十七日 大雨で水たくさんにある、新内と申す者の家内が疫病
上田の早苗 ([翻刻])

 堀田右馬太夫ハ、累代津島の社務職にして、当地方へ古くより津島の守り  札を配し、米銭を初穂とし、疫病除
おらが春 ([翻刻])

     小金原   母馬か番して呑す清水哉 ゝ   風あるをもつて尊ふとし雲の峰 ゝ   疫病神蚤
善光寺道名所図会 (○水内 善光寺)

ところが庚寅(かのえとら)(570年)に当たる今年は、どういうわけであろうか、いたるところで疫病が流行
違作書留帳 ([翻刻])

せきも干揚り候由     (改頁)   廿七日 大雨ニ而水沢山ニ なる 新内与申もの家内疫病
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