• 機関トップ
  • 資料グループ
  • テキスト一覧
  • キーワード一覧

NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

  1. トップページ
  2. 詳細検索

詳細検索


検索条件を追加
閉じる
検索結果 : 8件
辞書ファセット
/ 1ページ
赤松小三郎書簡 実母宛 (京都で家塾、薩摩藩邸で開塾)

京都で家塾、薩摩藩邸で開塾 小三郎は慶応2年(1866)2月、決然上田を去って京都に上り家塾を開いた,この家塾が有名になると各藩は小三郎を争って招聘しようとし、薩摩藩島津久光は特に礼を厚くして招聘し、京都藩邸 / 京都で家塾、薩摩藩邸で開塾
赤松小三郎書簡 実母宛 (横浜往復と「英国歩兵練法」の翻訳・刊行)

幕末期に幕府、薩摩藩等の英国式調練採用とともに、兵書が必要となり、明治初年までに何冊かの翻訳書が出版されたがこれが,さらに、慶応3年(1867)5月、薩摩藩の要望に応じて1864年改定版が「重訂英国歩兵練法」として薩摩藩
赤松小三郎書簡 実母宛 (薩幕一和の提唱と遭難)

時に上田藩から帰藩の命が頻繁で、東帰に決め、薩摩藩門弟等のために一夕惜別の宴を催したという。,その数日後、赤松小三郎は暗殺されたのだが、その夜、三条大橋南側擬宝珠に、斬奸状が首謀者の薩摩藩士桐野利秋
赤松小三郎書簡 実母宛 (建白書と議会政治の先唱)

赤松小三郎顕彰会会長の伊東邦夫氏によると、この建白書は薩摩藩国父島津久光にも同時に提出されたという。
パスファインダー (真田信繁(幸村)と大坂の役)

内容紹介 田も討死にて候、真田は日本一のつわもの、古よりの物語にこれなき 由、惣別これのみ申す事に候」(薩摩藩島津家久記録
パスファインダー (赤報隊と上田の丸山久成、斎藤謙助)

と薩摩邸の浪士 安藤良平/著 日本文学館 2004.7 内容紹介 尊王攘夷運動のため江戸薩摩藩邸
龍駕の跡 (龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一))

(『長野師範人物誌』より)   (注十二)永山盛輝(ながやま もりてる) 薩摩藩士。,戊辰戦争では東征軍の薩摩藩兵監軍として従軍し各地に転戦した。
『説諭要略』巻一 ([ルビ・注記])

薩摩藩(鹿児島県)士族。明治二年(一八六九)伊那県に勤務し、同四年一一月筑摩県参事から権令となる。
/ 1ページ
  • 資料グループ
  • テキスト一覧
  • キーワード一覧
  • 機関トップ
  • 利用規定
  • 利用ガイド
  • サイトマップ
  • ADEACトップ
X(旧Twitter) facebook line urlcopy
トップへ
ページURLがコピーされました