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(飯田・下伊那の蚕糸業)
両大戦間期の組合製糸 -長野県下伊那地方の事例ー 田中
雅
孝/著 御茶の水書房 2009.3 両大戦間,図・写真を用いてまとめている 明治期一養蚕農民の村落生活 -下伊那郡喬木村宇佐美家の事例ー 田中
雅
孝,発行機関 年月日 信濃 1997 8- 組合製糸地帯における労使関係の展開(上)(中)(下) 田中
雅
孝,13、12-15~31、2-3~14 両大戦期間における長野県製糸女工労働市場(上)(中)(下) 田中
雅
孝,14、7-3~13、9-11~21 昭和恐慌下の地域養蚕組織ー長野県下伊那郡山吹村北駒場集落の事 田中
雅
孝
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(刈萱と石堂丸)
絵解き 苅萱道心と石童丸:苅萱親子地蔵尊縁起 林
雅
彦/監修 刈萱山西光寺 1994.4 長野市苅萱山西光寺資料,:近世関係の書画と文書 林
雅
彦他/著 林
雅
彦 1991 古典による しなの夜話 小林計一郎 信濃路
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(信濃の絵解き)
ツール 1 書名 著者名 出版社 出版年 語り紡ぐ絵解きのふるさと・信濃―台本集 林
雅
彦,資料リスト 1 書名 著者名 出版社 出版年 絵解き万華鏡 聖と俗のイマジネーション 林
雅
彦,2 書名 著者名 出版社 出版年 絵解き台本集(伝承文学資料集第十一輯) 林
雅
彦 徳田和夫/編
戸隠善光寺往来
(善光寺)
また、「風
雅
集」や「『埃嚢抄』之小史」といった表現も『和漢三才図会』によったものです。
善光寺道名所図会
(○筑摩 法橋)
る岩山あり、樵 路もなき巌戸の面を蜘蛛の如くつたひて明礬を採る人所々に見ゆる なり、仁熊村の医師
雅
名富迺門真村
善光寺道名所図会
(○筑摩 法橋)
仁熊村の医師
雅
名富迺門真村の家に休憩して、そのわきにある舟森(ふなもり)山に神明の宮があります。
松代まちあるきマップ
(10象山恵明寺)
松代
雅
楽の祖とされる宮島春松や文武学校を解体の危機から守った長岡助三郎の墓がある。
俳諧二重染
([凡例])
一、本文の十四丁裏は半丁が欠落しているので、九州大学中央図書館
雅
俗文庫本によって補った。
善光寺道名所図会
(○筑摩 麻績)
なり、豊受皇太神を祀る、[神領十二石、]神事正月朔日、二月九日、六月 十七日、八月十四日、神主宮川
雅
楽亮
小倉百しほ染
(小倉百しほ染 乾[序文])
少将に何の益か有る百夜もをなし丸寝せんとは爰に瀬下氏閑鴎子ハ誹諧の数奇人にて予にちなミ有事年久しく風
雅
の
「長野県町村誌」と明治初期の絵図・地図
(豊田村)
清雲開川/鴨池川/武井田川/高田川/棒川/宗四郎溝/一溝/大堺溝/小川用水/文出東用水/文出西用水/安沢/
雅
子沢
武家百人一首
([解説])
撰者については、尾崎
雅
嘉『群書一覧』の「播州姫路ノ城主式部大輔榊原忠次」という記事に従って、榊原忠次とされてきた,10続後撰―1、11続古今―1、12続拾遺―7、14玉葉―7、15続千載―6、16続後拾遺―1、17風
雅
―,歌数の多い順に見ていくと、『新続古今和歌集』、『新後拾遺和歌集』、『風
雅
和歌集』、『続拾遺和歌集』、『
はなの
(四季混雑)
上 狸夕 朝顔になかざる蝉の生れけり 中ジマ 白朗 梅が香の腹にたまるか鳥がなく ゝ 万
雅
武家百人一首
([翻刻])
『風
雅
和歌集』初出。,『風
雅
和歌集』初出。,『風
雅
和歌集』初出。,勅撰集入集は『風
雅
和歌集』のみで、三首入集。,『風
雅
和歌集』初出。
戸隠善光寺往来
([翻刻])
聖徳太子、如来与往 復之書通、詩哥之応 答有之事、『風
雅
集』 (改頁) 11
松代まちあるきマップ
(3真田邸(松代城跡附新御殿跡))
旧大名屋敷の面影を今に残す優
雅
な建物で、庭園は「水心秋月亭」と名付けられた小堀遠州の流れをくむ名園。
夢想兵衛胡蝶物語 巻之五 貪婪国
([解題])
と、 またいう、「是はこれ広
雅
に所謂、茶を飲めば酒を醒まし、人をして眠らざらしむ、といふを取れり。
文武二道万石通
([解題])
人穴の中にはさらに三つの穴があり、風流を好む士は「文
雅
洞」へ、腕に心得がある士は「妖怪窟」へ、ぬらくら
パスファインダー
(1944年東南海地震と長野県)
著者名 雑誌名 出版年 巻号頁数 1944年東南海地震の広域震度分布の再評価と被害の特徴 武村
雅
之
パスファインダー
(宗良親王と信濃)
玉葉和歌集(抄) 風
雅
和歌集(抄) 新続古今和歌集(抄) 文亀三年三十六番歌合.
善光寺道名所図会
(○筑摩 麻績)
神主は、宮川
雅
楽亮(宮下帯刀・宮川豊後・宮下日向・寺沢近江・宮下織部)。
はなの
(秋部)
霧 朝霧やさびしい里の癖として 松代 亜物 あさぎりにしばらく冨士も見えぬ也 クサヲ 秀
雅
,馬台 山の月たき火に露をむすぶまで 相ノシマ 逸止 月に雨しばらくぬれて歩行けり サカキ 楨
雅
,畑をかよふ花野かな ミツマタ 甫喬 嚔(くつさめ)は花野のすゑのあらし哉 みたりの居士たちと風
雅
の
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(『富岡日記』の和田英)
追想:和田の伯母さんの思い出 内容紹介 横田
雅
俊著、和田英の思い出 和田愛著、祖母「和田英」について
戸隠善光寺往来
([現代訳])
聖徳太子が善光寺如来と手紙をやり取りしたり、和歌の贈答があったりしたことが、「風
雅
和歌集」や「埃嚢抄」
パスファインダー
(善光寺縁起)
5 書名 著者名 出版社 出版年 内容紹介 語り紡ぐ絵解きのふるさと信濃―台本集 林
雅
彦 他/編
パスファインダー
(佐久市望月春日本郷地区道祖神祭り)
2001.12 巻号頁数 7号 3 論題名 道祖神とまちおこし-長野県中信地方の事例を中心に- 著者名 窪田
雅
之
小倉百しほ染
(小倉百しほ染 坤[本文])
(改頁) 道
雅
清少納言 清少納言(せいしょうなごん) 買ふて見る 雲雀 鳥屋の 虚直哉 【,(改頁) 道
雅
(みちまさ) あさ寐して 人傳に きく うつら哉 【読み】 あさねして ひとづてにきく, うづらかな 【句意】 左京大夫道
雅
「今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな」(,(改頁) 慈円
雅
経
雅
経(まさつね) 衣打 夜半や 舟こく なくれ傾城 【読み】 ころもうつ, よわやふねこぐ なぐれねこ 【句意】 参議
雅
経「み吉野の山の秋風さ夜更けてふるさと寒く衣うつなり
風姿紀文
([書誌・例言・解題])
「風姿花伝」の書名は、世阿弥の「風姿花伝」をもじり、優
雅
な花伝書に対して、その時の「気分」で風狂に遊んだ
俳諧あやめぐさ
([解題])
五郎作は、停雲舎
雅
重と号し、上田の雲帯・如毛等と交遊したが、俳諧は中之条に来て始めた様子である(『書簡
パスファインダー
(十返舎一九の『続膝栗毛』)
一九の足どりをたどり、いきいきとした松本 の町人たちと、その風
雅
にみちた日常をうきぼりにする。
パスファインダー
(田中芳男)
田中芳男・義廉顕彰会 1983 田中芳男の歩みをまとめている 田中芳男「博覧会日記 全」(一)(二) 長沼
雅
子
パスファインダー
(長野県の地名)
2015.12 第302号 2015の4(冬) 42-47 検地帳類より収録した長野県上田・小県地方の地名 小池
雅
夫
信濃名勝詞林
(信濃の記)
の寒さを申侍(はべ)るは此事なるべし 是れ一つちかふ木曾路の袷(あわせ)哉 贄川 此所の時楓は風
雅
の
贈答百人一首
([本文、奥付])
しやくのけいうん) 吹払ふ 嵐にそれと あらはれて 木の間に見やる 月のかげかな 【頭注】 浄弁は
雅
才,荒き風にも あてしとぞ思ふ 【頭注】 太田道灌は太田資清入道道真(どうしん)の長男にして幼きより
雅
才,緒の 十三夜 今宵はうちに ころりんと寝る 【頭注】 牧年翁は気象(きしやう)つよく閑寂を好み風
雅
を,(そうゆれん) 心なき いせをの海士の 仕業(しわざ)とて ふた見の浦に 煙たつなり 85_隠士
雅
因,かひなかりけり 【頭注】 僧涌蓮は伊勢一身田七世の住職なりしが、故あつて嵯峨の山に住、智徳備はり
雅
才
菴の春秋
([解説])
日記とは異なり、短期間に一気に書き上げた
雅
文調の筆勢が素晴らしいとされる。
「長野県下ノ小学教員二告ル文」
([ルビ・注記])
誰レカ正
雅
ノ声ヲ聴キ其心 治ラサラン。,誰レカ夫婦相罵(ののし)リ兄弟相争ヒ 終日喧騒ナル家ニ住スルヨリヤ、寧ロ家内 整然
雅
正ノ音曲ヲ唱ヘ
〔上田の獅子舞 房山獅子 春秋庵白雄伝〕
(上田の獅子舞)
武蔵国北埼玉郡の北部即ち旧忍領騎西領の地方にて、毎年秋季に至り鎮守の祭礼 等にさゝらと称する古
雅
なる,かなる考拠あるに非す、古記録いつれも此 獅子の事にいひ及ぶものなく、調査の材料なきを憾みとす、尚博
雅
の
贈答百人一首
([序文等])
とめなりし其哥 むさし野に 折べき花は ゑらあれど つゆでぬれほし 行にゆかれず かゝる野人も風
雅
の,かへしに、隆尊 わび人の 命をかくる 草のみと きけばなみだの つゆぞこほるゝ かゝるわびしき者にも風
雅
は
木曾山林学校
(1.木曽ノ天然)
長亭短駅(ちょうていたんえき:注1-5)断続する所峻峰と急瀬とは到る処に絶勝を成し、古来文人
雅
客の歎賞
贈答百人一首
([解説])
英雄百人一首 全一冊 弘化二年(1845) 烈女百人一首 仝 弘化四年(1847) 秀
雅
百人一首
義烈百人一首
([解説])
さらに、嘉永二年(1849)に『続英雄百人一首』を上梓している(ほかに、弘化五年(1848)刊の『秀
雅
百人一首
豆から日記
([翻刻])
文くに まかせたる春のこゝろや夕柳 東福寺 玄二 あかゝりのあとや柳のみどり吹 相八木 文
雅
,家の影 武 五渡 汐先へはやまハりけり春の鴈 京 岱李 行鴈を外山に見こす夕かな 上毛 泰
雅
,(改頁) 蝶舞や草にかくれし雨の水 須坂 東籬 世話しさの春ハいづれぞ行胡蝶 東福寺 寉
雅
秀吉と真田
(北条氏討伐へ)
<訓読> 条々 一北条事、近年公儀を蔑(ないがしろ)にし上洛する能はず、殊に関東に於いて
雅
意
おらが春
([翻刻])
[翻刻] 世々の変風、元録(ママ)に至りて正
雅
2 やゝ定まりしよりこのかた、諸家 の,、蕀の くねれるも、ミな自然の風骨を (改頁) 3 具して、しかも正
雅
にもとらさる,其一妙を得 たるしなぬの一茶、一期の風
雅
・言 行ともに洒落にして、焔王も腮を とき、獄卒も臍をかゝゆへし,る小家かな 南中 日かな吹たけのゆるミやはるの風 かと丸 何の気もなくて立よる柳かな 快
雅
, 月遠く余寒の海のひかりかな 菊
雅
淡ゆきや青ミ引出す桃の枝 白也 觜洗ふ鳥にも水のぬるみけり
烈女百人一首
([翻刻])
紅葉しぬらん 【頭注】 りん女はあふみの国八幡の里なる苗村道益といふ医師の妻なり、生質利発にして文
雅
に,には 何とわくべき 契てし 人の情と ひとのなげきは 斯通ふなさけと案じる歎きとを一首にいひのべしも
雅
情深,頭注】 梶女は京都祇園林の茶店のむすめ也、いやしきなりはひの者に似あはず、いとけなきより和哥を好み風
雅
に,て 幾千代春の 栄(さかえ)をか見む 【頭注】 玉瀾名は町子といひて京祇園林の百合子の女也、池大
雅
の,妻となる、夫大
雅
は諸芸に秀たるがゆゑ町子も其業を同くす、画をよくするゆゑ大和の柳里恭に玉瀾の名を貰ふ、
信濃国浅間嶽之記 天明騒動記
(信濃国浅間嶽之記)
古田知行所 家不残/村中ニテ女壱人残ル/流死四十五人 立石 クサ木原/流家三軒 坪井 伊丹
雅
楽之進支配所,三嶋 同御支配流畑弐百七拾石余流死十六人/馬八疋流家五拾四軒 砂入十七軒 川戸 依田金十郎・伊丹
雅
楽之進
俳諧二重染
(四季時候順)
にはさやかに梅の風 笠雫 表店へかますの米ぞ夜の梅 笠山 いつ見るぞ梅のあるじ(主)は渡し守 文
雅
おらが春
([現代訳])
[現代訳] 長い年月の俳風の変化も、元禄時代に至って正しい
雅
(みやび)が次第に定まって以来、諸氏の趣,のようにしっかりしているのも、イバラのようにくねっているのも、みな自然の風格を備えていて、しかも正しい
雅
(
はなの
(冬部)
トベ 指桂 枯芦(芒) 獺のかれあし原をかられけり かはる度にながめありけり枯芒 アハサ 春
雅
小倉百しほ染
(小倉百しほ染 乾[本文])
吹き閉じよ」は天津乙女を地上に止めるために雲を吹き寄せて通い路を閉じよ、との呼びかけだが、この句は風
雅
に,優
雅
な世界を俗に転じたのである。季語は「落葉」で冬。,この言葉をそのまま用いて、川を賀茂川に特定し、優
雅
な紅葉を俗な茄子に読み替えた戯れ。
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