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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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秀雅百人一首 ([凡例])

秀雅百人一首 / [凡例] 1)刊本『秀雅百人一首』を翻刻紹介する。,2)底本として上田市立上田図書館花月文庫蔵『秀雅百人一首』(目録:百人一首・116)を用いた。,表紙飾り題箋に「秀雅百人一首 全」とあり、版心書名は「秀雅百首」。,なお、花月文庫には本書の他に『秀雅百人一首』を一冊蔵する(百人一首・14)。
秀雅百人一首 ([解説])

秀雅百人一首 / 秀雅百人一首 [目録] 松本大学 中西満義  『秀雅百人一首』は、緑亭(水谷)川柳編輯の変わり百人一首,底本として、上田市立上田図書館花月文庫蔵『秀雅百人一首』(目録:百人一首・116)を用いた。,表紙の飾り題箋に「秀雅百人一首 全」とあり、版心書名は「秀雅百首」。,なお、花月文庫には本書の他に『秀雅百人一首』を一冊蔵する(百人一首・14)。  ,本書『秀雅百人一首』も他の川柳編輯書に同じような体裁を採用している。
秀雅百人一首 ([序文])

秀雅百人一首 / 、かしこにちりたることのは風のつてに聞るを悦ひおろかなる筆に任せ、入江の藻屑さまさまなるを書とめ、秀雅百首,見はてつるかな 此辞世の詠によく叶ひたる神徳明霽なれば、世々の人祈りて神恵を蒙る者少からず、然ば風雅に
秀雅百人一首 ([本文])

秀雅百人一首 / におきて 見ん夜やいくよ 秋の月 すなはち御製をつけさせられて 庭にくもらぬ 玉きしのつゆ 風雅に,のくちびる うごくとぞ見る かくよみて立札にかきそへ、蓮花を心のまゝ折てかへりしとなん、武に猛くまた風雅に,つて詩を賦し、茶道を好み、能書の聞えあり、駿河にある頃、待花の題にて此哥を詠みしに、其頃、飛鳥井黄門雅庸, 月をわけゆく 秋の旅人 【頭注】 重孝は、都の者にて灰屋三郎兵衛といふ、書を光悦に学び、和哥は雅章卿,書かしといふゆへ二三と書たれば、是まさによき名なりと悦び、それより二三翁と名のり、都岡ざきにすみて風雅な
パスファインダー (飯田・下伊那の蚕糸業)

両大戦間期の組合製糸 -長野県下伊那地方の事例ー 田中雅孝/著 御茶の水書房 2009.3 両大戦間,図・写真を用いてまとめている 明治期一養蚕農民の村落生活 -下伊那郡喬木村宇佐美家の事例ー 田中雅孝,発行機関 年月日 信濃 1997 8- 組合製糸地帯における労使関係の展開(上)(中)(下) 田中雅孝,13、12-15~31、2-3~14 両大戦期間における長野県製糸女工労働市場(上)(中)(下) 田中雅孝,14、7-3~13、9-11~21 昭和恐慌下の地域養蚕組織ー長野県下伊那郡山吹村北駒場集落の事 田中雅孝
パスファインダー (刈萱と石堂丸)

絵解き 苅萱道心と石童丸:苅萱親子地蔵尊縁起 林雅彦/監修 刈萱山西光寺 1994.4 長野市苅萱山西光寺資料,:近世関係の書画と文書 林雅彦他/著 林雅彦 1991 古典による しなの夜話 小林計一郎 信濃路
戸隠善光寺往来 (善光寺)

また、「風雅集」や「『埃嚢抄』之小史」といった表現も『和漢三才図会』によったものです。  
パスファインダー (信濃の絵解き)

ツール 1 書名 著者名 出版社 出版年 語り紡ぐ絵解きのふるさと・信濃―台本集 林雅彦,資料リスト 1 書名 著者名 出版社 出版年 絵解き万華鏡 聖と俗のイマジネーション 林雅彦,2 書名 著者名 出版社 出版年 絵解き台本集(伝承文学資料集第十一輯) 林雅彦 徳田和夫/編
善光寺道名所図会 (○筑摩 法橋)

る岩山あり、樵 路もなき巌戸の面を蜘蛛の如くつたひて明礬を採る人所々に見ゆる なり、仁熊村の医師雅名富迺門真村
小宮山朝左行脚中書画 ([翻刻])

夜のゆきいとわぬ猫の恋路哉 右               信中  有中 めつらしき旅人の風雅の,たゝならぬ香の爰元え(ママ)冬の梅         翠山 (印) 信濃坂木なる朝左となんいへる雅士,浪の昔しきりてたかき霜夜哉 右                       信中□鳴 信濃の雅子名,日信州の人きのふは菊花のゑんといへるとこと□を 菊の香の残りきてミる旅ころも  肥之前州崎陽住  雅雄智,  長さき      祥木 白きくや秋より高く香にに匂ふ            左琴 信州の行者風雅を
善光寺道名所図会 (○筑摩 法橋)

仁熊村の医師雅名富迺門真村の家に休憩して、そのわきにある舟森(ふなもり)山に神明の宮があります。
松代まちあるきマップ (10象山恵明寺)

松代雅楽の祖とされる宮島春松や文武学校を解体の危機から守った長岡助三郎の墓がある。
畸人百人一首 ([解説])

英雄百人一首   全一冊  弘化二年(1845) 烈女百人一首   仝    弘化四年(1847) 秀雅百人一首,従四十一至五十 一猛斎芳乕 同  従五十一至六十  一陽斎豊国 とあり、『英雄百人一首』『秀雅百人一首,四十四番の加々美桜塢の二名が一致する(ともに『続近世畸人伝』所収)のみであるが、これは本書に先行する『秀雅百人一首
小宮山朝左行脚中書画 ([解説])

年間西国地方を旅行した折の記録で、道々出会ったり、訪問した文人(俳人・歌人・学者・画家等)に揮毫を願った雅帖,扨、この種の雅帖は、寛政(1789~1800)以降しばしば行われて諸方に現存するが、それは俳壇の一本化
英雄百人一首 ([序文])

まりにいひなして、にひまりつくとつゞけ、いくよかといふもまりのかずにしてよみ給ふ、しかるにひをともすおきなのみ風雅ありて,たゞにひまりもつくはもひたちのちめいなれど、とちと日かずのみたづね給ふならば、おそばの人々こたへ申さぬことはあるまじけれど、風雅の
続英雄百人一首 ([序文])

復能人ヲ感ゼ令シムル也、深キ焉曩日、川柳翁英雄百首ヲ既ニ撰ス、子世ニ行ル今続テ而是ノ編ヲ輯ム、此先哲之雅章也,後悔して御詫を申上、丹誠を抽で祈りしかは、御咎を免るゝことを得たり、誠の道といへる古き教にそむかず、文雅に,はせて君がこゆれば関守もなし 鎌倉どの聞召て、槊(ほこ)を横たへて、生死の街(ちまた)にありても風雅を
善光寺道名所図会 (○筑摩 麻績)

なり、豊受皇太神を祀る、[神領十二石、]神事正月朔日、二月九日、六月 十七日、八月十四日、神主宮川雅楽亮
俳諧二重染 ([凡例])

一、本文の十四丁裏は半丁が欠落しているので、九州大学中央図書館雅俗文庫本によって補った。
小倉百しほ染 (小倉百しほ染 乾[序文])

少将に何の益か有る百夜もをなし丸寝せんとは爰に瀬下氏閑鴎子ハ誹諧の数奇人にて予にちなミ有事年久しく風雅の
「長野県町村誌」と明治初期の絵図・地図 (豊田村)

清雲開川/鴨池川/武井田川/高田川/棒川/宗四郎溝/一溝/大堺溝/小川用水/文出東用水/文出西用水/安沢/雅子沢
武家百人一首 ([解説])

撰者については、尾崎雅嘉『群書一覧』の「播州姫路ノ城主式部大輔榊原忠次」という記事に従って、榊原忠次とされてきた,10続後撰―1、11続古今―1、12続拾遺―7、14玉葉―7、15続千載―6、16続後拾遺―1、17風雅―,歌数の多い順に見ていくと、『新続古今和歌集』、『新後拾遺和歌集』、『風雅和歌集』、『続拾遺和歌集』、『
文化文政頃上田人士俳句集 ([翻刻])

沙に陰 〈くだ/\しく(ママ〉一句にて句意迄そこのふ〉 七夕の夜も吹バきくもり哉 〈利より入て雅薄,山吹〉や染りもすべき其ながれ □ 〈山吹〉や岸にとゞまる駒の足 □ 〈山吹〉やかゝげて渉る向岸 雅,ひばり 暁 かたち有かなきかいといわ(ママ)ん揚ひばり (半)古 芽のほつれ親に見せたる接木哉 雅,抜は華びら出るたもと哉 船 わたぬきや十日おくるゝ山の寺 暁 鄙に住子ハ継/\のあわせ哉 (之)雅,水(み)かさ哉 柳 浦風や鳰のうき巣のよりどころ 船 船かりて鳰の浮巣を能(よく)見たり (之)雅
信佐久ちよほくれ ([解説])

兀雨は、「本名、森田雅輔。群馬県吾妻郡中之条町の人。別号、水翁等。,寛政十年、独立して江戸横山同朋町に夏炉庵を拓き、雅輔を兀雨と改号。
はなの (四季混雑)

上 狸夕 朝顔になかざる蝉の生れけり 中ジマ 白朗 梅が香の腹にたまるか鳥がなく ゝ 万雅
武家百人一首 ([翻刻])

『風雅和歌集』初出。,『風雅和歌集』初出。,『風雅和歌集』初出。,勅撰集入集は『風雅和歌集』のみで、三首入集。,『風雅和歌集』初出。
戸隠善光寺往来 ([翻刻])

聖徳太子、如来与往 復之書通、詩哥之応 答有之事、『風雅集』      (改頁)      11
松代まちあるきマップ (3真田邸(松代城跡附新御殿跡))

旧大名屋敷の面影を今に残す優雅な建物で、庭園は「水心秋月亭」と名付けられた小堀遠州の流れをくむ名園。
文武二道万石通 ([解題])

人穴の中にはさらに三つの穴があり、風流を好む士は「文雅洞」へ、腕に心得がある士は「妖怪窟」へ、ぬらくら
夢想兵衛胡蝶物語 巻之五 貪婪国 ([解題])

と、 またいう、「是はこれ広雅に所謂、茶を飲めば酒を醒まし、人をして眠らざらしむ、といふを取れり。
御伽百物語 1ノ巻 2ノ巻 3ノ巻 ([解題])

雅号を白梅園主とし、序文に「春先、我が園に珍しい客人が現れた。
パスファインダー (1944年東南海地震と長野県)

著者名 雑誌名 出版年 巻号頁数 1944年東南海地震の広域震度分布の再評価と被害の特徴 武村 雅之
パスファインダー (宗良親王と信濃)

玉葉和歌集(抄) 風雅和歌集(抄) 新続古今和歌集(抄) 文亀三年三十六番歌合.
善光寺道名所図会 (○筑摩 麻績)

神主は、宮川雅楽亮(宮下帯刀・宮川豊後・宮下日向・寺沢近江・宮下織部)。  
はなの (秋部)

霧 朝霧やさびしい里の癖として 松代 亜物 あさぎりにしばらく冨士も見えぬ也 クサヲ 秀雅,馬台 山の月たき火に露をむすぶまで 相ノシマ 逸止 月に雨しばらくぬれて歩行けり サカキ 楨雅,畑をかよふ花野かな ミツマタ 甫喬 嚔(くつさめ)は花野のすゑのあらし哉 みたりの居士たちと風雅の
パスファインダー (善光寺縁起)

5 書名 著者名 出版社 出版年 内容紹介 語り紡ぐ絵解きのふるさと信濃―台本集 林雅彦 他/編
パスファインダー (『富岡日記』の和田英)

追想:和田の伯母さんの思い出 内容紹介 横田雅俊著、和田英の思い出 和田愛著、祖母「和田英」について 
戸隠善光寺往来 ([現代訳])

聖徳太子が善光寺如来と手紙をやり取りしたり、和歌の贈答があったりしたことが、「風雅和歌集」や「埃嚢抄」
パスファインダー (佐久市望月春日本郷地区道祖神祭り)

2001.12 巻号頁数 7号 3 論題名 道祖神とまちおこし-長野県中信地方の事例を中心に- 著者名 窪田雅之
小倉百しほ染 (小倉百しほ染 坤[本文])

(改頁) 道雅 清少納言 清少納言(せいしょうなごん) 買ふて見る 雲雀 鳥屋の 虚直哉 【,(改頁) 道雅(みちまさ) あさ寐して 人傳に きく うつら哉 【読み】 あさねして ひとづてにきく, うづらかな 【句意】 左京大夫道雅「今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな」(,(改頁) 慈円 雅経 雅経(まさつね) 衣打 夜半や 舟こく なくれ傾城 【読み】 ころもうつ, よわやふねこぐ なぐれねこ 【句意】 参議雅経「み吉野の山の秋風さ夜更けてふるさと寒く衣うつなり
風姿紀文 ([書誌・例言・解題])

「風姿花伝」の書名は、世阿弥の「風姿花伝」をもじり、優雅な花伝書に対して、その時の「気分」で風狂に遊んだ
パスファインダー (田中芳男)

田中芳男・義廉顕彰会 1983 田中芳男の歩みをまとめている 田中芳男「博覧会日記 全」(一)(二) 長沼雅子
パスファインダー (十返舎一九の『続膝栗毛』)

一九の足どりをたどり、いきいきとした松本 の町人たちと、その風雅にみちた日常をうきぼりにする。
パスファインダー (長野県の地名)

2015.12 第302号 2015の4(冬) 42-47 検地帳類より収録した長野県上田・小県地方の地名 小池雅夫
俳諧あやめぐさ ([解題])

五郎作は、停雲舎雅重と号し、上田の雲帯・如毛等と交遊したが、俳諧は中之条に来て始めた様子である(『書簡
『教歌道化百人一首』 ([本文])

有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする(62) (改頁) 65_左京大夫道雅,をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ(64) (改頁) 65_左京大夫道雅(,のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかはらず(90) (改頁) 93_鎌倉右大臣 94_参議雅経持,つなでかなしも 【参考】 世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも(93) 94_参議雅経
月と梅 ([翻刻])

      伝起 梅に風はなれて匂ふ戸口かな      箭浦 早起もやゝ此頃や梅の花        清雅,      租遊 時雨する夜や蜑が子の袖にまで     宗柳 香にむせぶ鳥の声あり梅の奥      楽雅,ぶり をつたへ、あるは琹堂乙彦にしたがひ      」三十オ 遊び、つねに算盤をひかへて、風雅のおか
畸人百人一首 ([本文])

はるかにぞ 思ひやらるゝ うとからぬ わが中山の 松のこずへを といふ大和の中山を近江に取用ひ、其雅才,、身は朽たる木のごとく学ぶは詮なし、十見て九つは忘るべし、まなぶは少年にある事と笑へば、道斎腹立て無雅な,の長さ七尺余、幅三尺余にて正保二年十二月八日、椀屋久右衛門寄進と彫付て今に残り人の知る所也、かゝる温雅の,ゆるさせ給へ 不二三里 すへてのぼりし あしがらのせき かくよみければ御ゆるしを蒙り通りける、其外雅に,好みて書は筆格に叶ひ、詩は明朝体を作り、画もよく雅風あり、和哥は日野家の御門に入、古体をもよめり、紀の
信濃名勝詞林 (信濃の記)

の寒さを申侍(はべ)るは此事なるべし 是れ一つちかふ木曾路の袷(あわせ)哉 贄川 此所の時楓は風雅の
菴の春秋 ([解説])

日記とは異なり、短期間に一気に書き上げた雅文調の筆勢が素晴らしいとされる。
贈答百人一首 ([本文、奥付])

しやくのけいうん) 吹払ふ 嵐にそれと あらはれて 木の間に見やる 月のかげかな 【頭注】 浄弁は雅才,荒き風にも あてしとぞ思ふ 【頭注】 太田道灌は太田資清入道道真(どうしん)の長男にして幼きより雅才,緒の 十三夜 今宵はうちに ころりんと寝る 【頭注】 牧年翁は気象(きしやう)つよく閑寂を好み風雅を,(そうゆれん) 心なき いせをの海士の 仕業(しわざ)とて ふた見の浦に 煙たつなり 85_隠士雅因,かひなかりけり 【頭注】 僧涌蓮は伊勢一身田七世の住職なりしが、故あつて嵯峨の山に住、智徳備はり雅才
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