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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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信州浅間焼之事 ([解説])

著者の羽鳥一紅(一七二四~九五)は、『新編高崎市史 通史編3 近世』(高崎市)によれば、下仁田町(甘楽郡下仁田町,)の石井治兵衛の二女で、長じて高崎田町の商家羽鳥勘右衛門(絹問屋)に嫁いだ。,夫は麦舟という号を持つ「名俳」で、「一紅は建部涼袋に学び、夫麦舟とともに高崎における吸露庵系俳諧の中心,右の『高崎市史』は、「散文不毛な上州にあって、一紅の文章は流麗かつ巧みにして天明三年(一七八三)浅間焼,たしかに本書は、高崎やその周辺における浅間山の噴火と被災の様子、とりわけ利根川を流されて行く人々の様子
「長野県町村誌」と明治初期の絵図・地図 (富濃村)

原溜池/西脇溜池/南原溜池/乙ヶ原溜池/中村溜池/目細溜池 橋: 元橋 道路: 野尻村より上州高崎道
パスファインダー (大谷幸蔵)

サイト名 URL 概要 2 サイト名 URL 概要 明治前期に於ける生糸直輸出の位置 富澤一弘 高崎経済大学論集
戸隠善光寺往来 ([翻刻])

夲庄、 神奈川打渉、新町、 倉賀野を経候而、高崎      (改頁)      7   宿
パスファインダー (『富岡日記』の和田英)

2 書名 著者名 出版社 出版年 富岡製糸場と群馬の蚕糸業 高崎経済大学地域科学研究所/編 日本経済評論社
パスファインダー (蚕糸王国信州)

富岡製糸場と群馬の蚕糸業 高崎経済大学地域科学研究所/編 日本経済評論社 2016.3 日本の近代蚕糸業
戸隠善光寺往来 ([現代訳])

本庄宿から神流川(かんながわ)を渡り、新町宿、倉賀野宿を経て、高崎宿には越後路あるいは伊香保・草津への
パスファインダー (十返舎一九の『続膝栗毛』)

安芸宮島を参詣した後、草津から中山道に入り、木曽路 を通り洗馬から善光寺街道に入り、草津、高崎を経て江戸
浅間山噴火の被害記 ([翻刻])

時迄闇夜にて、四ツ時すぎせう/\ 晴、往来見へ申候処、上州藤岡辺にて八九寸位イ(ママ)積り 申候、高崎松平右京守
浅間山噴火の被害記 ([解説])

なお、このほかに「下野国(上野国)群馬郡高崎村親高校之事」という題も記されているが、これは題と小見出しが
浅間山噴火の被害記 ([現代訳])

松平右京守(右京亮)八万石の城下町高崎では、一尺四、五寸ぐらい、富岡も同じぐらい積もった。
善光寺道名所図会 (○佐久郡小諸)

   追善有之、七月朔日二日焼ること甚しく、軽井沢・碓氷峠・坂本宿・松井田・  安中・板鼻・高崎
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」 ([解説])

熊谷では高崎線の建設工事を目撃した。また、東京に着いて、初めて新橋―品川間の汽車に乗った。
信濃国浅間嶽之記 天明騒動記 (信濃国浅間嶽之記)

より焼初め、夫より日々止事 なく灰砂降、七月三日四日別して大焼甚敷、軽井沢・坂本・ 松井田・安中・高崎,       須藤徳次郎 同       秋山仁三良 同       井上友作 同       高崎和吉
浅間焼覚帳 ([翻刻])

より     (改頁)    両ニ三斗五升致申候、江戸ニ而白米両ニ弐斗、高崎
浅間焼覚帳 ([現代訳])

高崎では下米が一両に二斗八升で、安中・板鼻も同じ値段だった。
善光寺道名所図会 (○佐久郡小諸)

7月1日と2日は噴火が激しく、軽井沢・碓氷峠・坂本宿・松井田・安中・板鼻・高崎、武州児玉郡・榛沢郡30
浅間山 (第三編 浅間山変異記)

噴火は上田での地震からはじまったとあり、上州吾妻郡大笹・草津・佐久郡小沼村・岩村田町・小諸町・東京・高崎
信濃名勝詞林 (陸路廼記)

高崎正風もおなしくみやこにありて親しく交りしゆかりをもて。そのをしへ子花岡以敬といふもの。
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」 ([ルビ・注記])

碓氷川に添ふて、東に向い、松   (改頁)   井田安中板鼻を経て高崎に、一見其(そ)の繁昌(,(注1)高崎線の建設工事。,明治十六年(1883)日本鉄     道により上野―熊谷間が開通し、翌年五月に高崎     まで全線,(注1)明治十六年(1883)日本鉄道により上野―熊谷     間が開通し、翌年五月に高崎まで全線が
天明三年浅間騒動記 ([翻刻])

東え降る、碓氷峠御師町の辺五尺計、坂本ニ而 四尺余、此辺よりハ小石交りの砂なり、松井田弐尺 余高崎
小県郡民謡集 (成人謡)

(同上) ○いつちく たつちく 高崎の黄色い帽子(しやつぷ 注4)の兵隊は 西郷に追はれ てとつとことつとこ
龍駕の跡 (龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一))

3  此日は浦和に御宿泊、翌三十一日は桶川御宿泊、九月一日は熊谷、二日は新町、三日は前橋、四日は高崎, 唐人の筆をたくみと思ひしは        此山水を知らぬなりけり          二等侍補 高崎,象山曾(かつ)て京都に遊びし頃、高崎侍補も亦都にありて親しく交りし縁故(えんこ つながり)あるを以て、
長野県師範学校生徒修学旅行概況 (長野県師範学校生徒修学旅行概況[全文])

明治26年には碓氷峠があき、高崎-直江津間が全通した。
小県郡民謡集 (児童謡)

〔方〕         地芋(注1)や一首 ○地芋やぢいもや高崎地芋 お江戸が栄える さかるとままよ
松本藩庄内組大庄屋御用留 ([翻刻])

きん     (改頁)      93                    中林村 一上州高崎辺
松本藩庄内組大庄屋御用留 ([現代訳])

申し上げたときに直ちに除帳になった者、幾四郎娘きん     (改頁)   一、上州(群馬県)高崎
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