長野郷土史研究会 小林一郎
『善光寺独案内』は、明治30年(1897)に長野市大門町の三上真助が著述して発行した、善光寺と長野の案内書です。木版印刷で、縦7.8cm、横15.3cmの横本です。小型であるのは、携帯の便のためです。
善光寺のある長野市は、全国から旅行者が集まるため、善光寺とその周辺の案内書が必要でした。ことに明治21年(1888)5月に長野駅が開業し、明治26年(1893)4月に碓氷峠のトンネルが開通すると、長野・上野間は9時間余で結ばれるようになりました。旅行者が急増する中で、明治26年6月に出版されたのが、『長野土産』(勝田定吉著)です。旅行者が土産として買うことを期待しての出版だったことは、題名に表れています。この本は善光寺とその周辺をガイドするばかりでなく、「附信濃名所案内」と副題にある通り、信濃全域の名所案内にもなっています。活版が印刷の主流になる中で、この『長野土産』は旧来の木版印刷で刊行されました。
これに続いて登場した長野の観光案内書が、明治30年10月発行の『善光寺独案内』でした。冒頭に「各位(みなさん)、善光寺まゐりをなされるに、何処(いずれ)のステーシヨンより乗車(おのり)せらるゝとも、着所(おつき)ハ長野停車場(ステーシヨン)なり」とあるように、長野駅に降り立つ善光寺参りの旅行者に向けた案内書です。『長野土産』とは違って、内容は善光寺とその周辺に特化され、信濃の他地区は扱われていません。その代り、善光寺とその周辺は詳細を極めています。そこが本書の価値であり、面白さにつながっています。また、本書も『長野土産』と同様に、木版印刷です。時代は完全に活版印刷の時代になっていましたから、この『善光寺独案内』は全国的に見ても最も遅い木版印刷による出版の例だと思われます。
活版印刷による善光寺とその周辺の案内書は、明治33年の御開帳に合わせて出版された『善光寺案内』(村松清陰著)まで待たなければなりません。村松清陰は明治36年に『善光寺土産』も出版しています。同年には、善光寺のみを深く掘り下げた『善光寺名所図会』(石倉重継著)が登場しています。また、明治37年の『長野繁盛記』(岩井熊蔵著)も、観光案内書として見ることができます。