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長さ6町ほどの宿駅で、その裏に町が散在し、繁昌の地です。これより大町へ3里です。この宿の西に近く有明山という高山があります。屏風岳(びょうぶだけ)と五六岳(ごろくだけ)の間に見え、信濃富士といいます。鶏・雷鳥・熊・くらしし(鞍鹿、カモシカ)などが多いといいます。このあたりを有明山の里というのは、この山のあたりゆえでしょうか。浅間山に劣らない高い山で、いつも霧が深く立ちこめていて、山の姿もはっきりしません。西行上人が詠んだといい伝えられている歌があります。
(注)有明山は、別名信濃富士ともいわれ、平安末期から鎌倉時代にかけて中央の貴族等のあいだで、残月の名所として和歌に歌われました。また、この地方の霊山として崇敬されており、修験道場でもありました。「有明山に鉢巻雲が現れると雨になる」の諺にあるように、祈雨を願う山でもありました。