八景詩歌

八景詩歌


八景詩歌(はっけしいか)     [目録を見る]   [ 宝物解説へ ]
 8人の僧侶、公卿が、瀟湘(しょうしょう)八景を題材とした漢詩と和歌を筆写し、巻物としたものである。
 瀟湘とは、中国の長江中流の洞庭湖(どうていこ)に流れ込む湘江およびその支流瀟水(しょうすい)のことをいい、湖南省の名勝である。『楚辞』にうたわれる伝説の皇帝・舜の妃2人と屈原の入水の地として、哀切なイメージを持った土地でもある。中国においては、宋代の画家・宋迪(そうてき)(11世紀頃)が、平沙落雁(へいさらくがん)・遠浦帰帆(えんぽきはん)・山市静嵐(さんしせいらん)・江天暮雪(こうてんぼせつ)・洞庭秋月(どうていしゅうげつ)・瀟湘夜雨(しょうしょうやう)・煙寺晩鐘(えんじばんしょう)・漁村落照(ぎょそんらくしょう)を描いたと伝えられる。
 この題材は、鎌倉時代後期、日本の禅僧たちの間でも受容された。室町時代には、五山の僧侶たちの教養として浸透し、盛んに詩作され、絵にも描かれた。名所、歌枕のように、和歌に詠むことも行われ、各地の八景(博多八景、近江八景など)を生み出す契機ともなっている。勝興寺第19代住職・法薫(1759~1831)が、「布勢湖八勝」を制作したのも、こうした文化に基づくものである。
 制作と伝来の事情は明らかではないが、付属の筆者目録に基づき、筆者の生没年を勘案すれば、制作年代は延宝4年(1676)以前とみられる。
 料紙は、雲母(きら)で紋様を刷った上に、草花の形の型置きによる彩色がなされたものもある。八景それぞれ料紙の文様は異なる。筆跡、料紙装飾すべての点で見どころのある作品。
 [添状 包紙上書]
  八景詩歌 宮廷奉仕諸公卿筆
[添状 筆者目録]
 筆者目録
   本願寺御門跡光常  遠浦帰帆
   飛鳥井雅章朝臣   山市晴嵐
   正親町公通朝臣   漁村夕照
   豊岳有尚朝臣    瀟湘夜雨
   平松時方朝臣    洞庭穐月
   石井行豊朝臣    江天暮雪
   大乗院御門跡    遠寺晩鐘
               以上

【本紙】
 瀟湘八景
  遠浦帰帆
   鷺界青山一抹秋/潮平銀浪接天流/歸檣漸入蘆花去/家在夕陽江上頭
   かせむかふくものうきなみ/たつとみて釣せぬさきに/かへるふな人
  山市晴嵐
   一竿酒旆斜陽裏/数簇人家煙嶂中/山路酔眠歸去晩/太平無日不春風
   まつたかき風より/うへに/峯はれてあらしに/しつむやまもと/の雲
  漁村夕照
   薄暮沙汀惑乱鴉/江南江北鬧魚蝦/呼童買酒大家酔/臥看西風舞荻花
   浪の色は入日の/跡になを/見えて/いそきはくらき/木かくれの宿
  瀟湘夜雨
   先自古江易断魂/凍雲粘雨濕黄昏/孤燈蓬裏聴簫瑟/祇向竹技添涙痕
   舟よする/なみにこゑなき/よるの雨を/とまより/くたる/雫にそ/しる
  洞庭秋月
   西風剪出暮天霞/萬頃煙浪浴桂華/漁笛不知羇客恨/直吹寒影過蘆花
   秌にすむ水すさ/ましく/風さえて/月に/ひたせる/おきの/しら/なみ
  江天暮雪
   雲淡天低〓玉塵/扁舟一葉寄吟身/前湾咿〓數聲櫓/疑是山陰乗興海人
   蘆のはにかゝれる/雪もふかき江/の/みきはの色は/夕とも/なし
  平沙落雁
   古字書空淡墨横/幾行秋色下寒汀/蘆花錯作衡陽雪/錯向斜陽刷凍翎
   まつあさるあしへの/ともにさそはれ/て/雲行かりも/又くたる也
  遠寺晩鐘
   雲遮不見梵王宮/殷々鐘聲訴晩風/此去上方猶遠近/為言只在此山中
   暮かかる霧より/つたふかねのをと/をちかた人も/道いそく/なり