布施湖八勝(ふせのうみはっしょう) [目録を見る] [ 宝物解説へ ]
勝興寺の寺域である高岡市伏木古国府は、越中国庁の跡地と考えられている。奈良時代、越中守として赴任した大伴家持は、越中に在国した5年の間に、数々の名歌を生んだ。家持が舟を浮かべて遊覧した布勢湖は、江戸時代には水涸れが進み、その面影を失いつつあった。享和3年(1803)、勝興寺第19代住職・法薫(1759~1831)は、万葉故地の景勝が失われてゆくことを惜しみ、和歌によってその風趣を後世に留めようと試みたのである。
巻頭に、原在中(はらざいちゅう)(1750~1837)による布勢湖の図がある。八景は、布勢湖、二上山、垂姫崎、多胡浦、古江村、乎布崎、有磯渡、日水江が選ばれ、その名所にふさわしい歌が詠まれ、上下に藍と紫で雲形を施した打曇紙に、流麗に書かれている。歌は、実際に当地において詠まれたものではなく、原在中の絵と万葉集の古歌に基づいて作られている。制作当初より評判をよび、翌年開板されて、版画にもなった。
(高田克宏)
【参考文献】特別展『とやまの寺宝-花鳥山水 お寺に秘された絵画たち-』富山市佐藤記念美術館,平成26年(2014)
布勢湖 前権大納言基理
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