松竹梅図蒔絵貝桶(しょうちくばいずまきえかいおけ) [目録を見る] [ 宝物解説へ ]
貝桶は、貝合わせの用具を納める桶状の容器である。大名婚礼道具の中で最も尊重すべき調度とされ、内に360対の合貝を収める。貝合わせは元々平安期の公家たちの遊戯で、貝の蓋と身に一対の絵を描き、数多くの貝の中から一対の貝を探し当てるもの。内側に描かれた絵から古典文学を連想し、自らも歌を詠むという優雅な遊びである。一方、近世の武家典礼の第一義に取り上げられた貝合わせは、蛤が他の貝とは蓋身が合わないことから、「貞婦は二夫にまみえぬ」という武家の厳しい婦徳を象徴するものとされた。
本資料は八角形の合口造りで、黒漆の地に金梨地と金蒔絵を施し、合口部は濃金梨地、蓋と胴には松竹梅の蒔絵を施す。構図は低い丘に笹状の竹を這わせ、丘の盛り上がったところに丈の高い松と梅の老木が天を覆うように立っている。丘と松と梅の幹は椿炭の細粉を蒔いて濃淡をつけ、松の葉と細い枝は付描と描割り、梅は蕾を金蒔絵、開いた花は銀蒔絵、黒漆地の所々に前田家の家紋である梅鉢紋を金の平文(ひょうもん)で散りばめ、貝は内側に砂子紙を貼り、人物や草花、風景などを極彩色で描いている。
本資料を誰が勝興寺に持参したかについては伝承がない。しかし、桃山時代以来の高台寺蒔絵様式を残す一方、17世紀後半に盛んになった常憲院蒔絵の技巧的な作風も僅かにみられるので、17世紀半ば頃の製作と考えられる。これに加え、前田家の家紋が入っていることから推察すれば、勝興寺第14代住職・良昌に入輿した前田家第3代当主・前田利常(1593~1658)の養女「つる」の持参品であると推定される。
(高田克宏)
【参考文献】『高岡の名宝展』高岡市美術館,平成21年(2009)