解題・説明
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龍門寺本は、もともと興徳寺(現廃寺、石川県輪島市三井町)の松月斎において哲囱芳賢らが書写した写本であり、興徳寺什物であった。後、興徳寺が退転の憂き目に遭い、興徳寺の什物を龍門寺へ譲渡することが決定し、現在に至っている。本写本も乾坤院本と同じく古形を保持しているが、錯簡について見ると、乾坤院本とほぼ類同するものの、乾坤院本に生じている道元禅師章の錯簡は見られない。龍門寺本の特徴は、書写が行われた後も、複数の人々に読み継がれ、多くの書き入れが加えられている点に求められる。後代の人による書き込みは、永光寺本(龍門寺本を親本とする)が書写された正徳3年(1713)以降も継続的に行われていたと考えられ、長きにわたり、門人による参究が行われたことが知られる。龍門寺には乾坤院と同じく、『伝光録』と同時期に書写された『正法眼蔵』写本も所蔵されている。さらに、『伝光録』『正法眼蔵』と同じ箱に収納される『正法眼蔵仏祖悟則』は、『伝光録』の成立過程を知るうえで、きわめて貴重な資料である。龍門寺本は、『瑩山禅師 伝光録―諸本の翻刻と比較(1)~(9)―』(鶴見大学仏教文化研究所共同研究成果報告書、2015年~2023年)に全文が翻刻されている。
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