地域社会

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No 年月日表記 西暦 できごと 備考
1 昭和二年.1.1 1927/1/1 田川貯蓄銀行,業績不振と存立時期満期のため解散.またこの日福県,県下の貯蓄銀行兼営13行中,8行は貯蓄部門を廃し,5行は分離独立.貯蓄銀行4行は普通銀行に転換,ひきつづき独立営業は4行に整理される. 426
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2 昭和二年.1.16 1927/1/16 八幡製鉄所労働組合同志会・同製鉄所労働組合研究会提携,九州唯一の無産党で右翼を標榜する社会民政党を結成.執行委員長小屋原総三郎. 453/548
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3 昭和二年.1.31 1927/1/31 鞍手郡植木町の筑豊本線井堰踏切で運炭列車と爆薬積載の荷馬車が衝突.貨物列車14輌転覆,機関手2人重傷,馬車引きその他監視人3人死亡. 542
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4 昭和二年.1.- 1927/1 西部電気工業所(福岡市比恵),(株)東邦電機工作所九州工場の解散にともない電気工場・計器工場を継承して創業,鉱山用捲揚機・コンベヤー・局所扇風機などを製造. 431
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5 昭和二年.2.10~11 1927/2/10~
1927/2/11
全国統一同盟九州地方同盟は政治的自由,労働者団結権獲得めざし5分間の政治ストを決行. 530
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6 昭和二年.2.11~12 1927/2/11~
1927/2/12
八幡市で官業労働総同盟全国大会を開催. 542
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7 昭和二年.2.- 1927/2 九州連合会,現組織のまま労働組合評議会に加盟を発表.九州地方評議会と改称. 396
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8 昭和二年.3.15 1927/3/15 三井田川,彦山川糒井堰に対し1万5000円を金川村に寄附. 141
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9 昭和二年.4.9~21 1927/4/9~
1927/4/21
安川電機製作所370人,解雇者14人の復職を要求し鉄工組合黒崎支部の指導で争議,組合側敗北. 548
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10 昭和二年.4.13 1927/4/13 鞍手銀行,臨時休業を発表.十七銀行直方・飯塚両支店,嘉穂銀行,筑豊貯蓄銀行など筑豊各銀行に波及.11.20日本銀行より270余万円の特別融資をうけ再開. 426
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11 昭和二年.4.18 1927/4/18 全日本無産青年団体九州地方同盟,福岡市で結成労働者の生活権の確立,18歳以上の男女に選挙権を与えよの請願事項を決定.7.3青年請願デー挙行. 548
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12 昭和二年.4.21 1927/4/21 台湾銀行の休業が契機となり,関門・福岡・長崎の各銀行で取りつけ騒ぎ起こる.4.22~4.23福岡県下各銀行臨時休業. 426
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13 昭和二年.4.26 1927/4/26 全九州水平社第5回大会,福岡市で開催. 397/824
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14 昭和二年.4.- 1927/4 民憲党嘉穂支部準備会を設置.5.6民憲党,その他九州地方無産団体協議会名で全九州対支非干渉同盟委員会を結成.5月民憲党,対支非干渉7ヵ条を発表.6月中旬創立大会挙行を予定したが不許可. 122/528
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15 昭和二年.5.7~12 1927/5/7~
1927/5/12
福岡県鉱工連合会・鉱業組合共催で鉱山工場現業講習会開催.本邦社会運動の実情,鉱業労働者保護法規の重点,健康保険と共済組合,労働者教育運動の趨勢,工場・鉱山の福利施設,社会問題と社会思想などの題目で講習. 318
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16 昭和二年.5.17 1927/5/17 斎藤守圀,福岡県知事に就任('29年7月まで在職). 223/779
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17 昭和二年.5.21 1927/5/21 若松駅の石炭荷卸クレーンの電化工事完成. 571
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18 昭和二年.5.- 1927/5 労農党田川支部結成,支部長松田勝三.労農党嘉穂支部,飯塚町筑豊劇場で宣伝演説会を開催.聴衆2500人,入場料30銭. 122
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19 昭和二年.6.9 1927/6/9 日農福岡連合会,立入禁止(小作地)反対デーを開催.田川郡川崎村ほか2ヵ村で奮闘. 451
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20 昭和二年.6.20 1927/6/20 伊田線金田炭坑信号場・金田炭坑停車場間の貨物運輸を廃止. 332
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21 昭和二年.6.25 1927/6/25 民政党福岡県支部発会,支部長に吉田磯吉就任. 542
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22 昭和二年.6.26 1927/6/26 田川郡伊田町で鉱害被害者大会開催.三井田川に対し抗議運動を起す.11.14三井田川,陥没補償事務の進捗を計るため,伊田町番田橋補修事務所内に庶務出張所を設ける. 451/530
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23 昭和二年.7.7 1927/7/7 明治鉱業(株),九州製鋼(株)の工場経営を八幡製鉄所に委託. 214
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24 昭和二年.7.22 1927/7/22 伊藤伝右衛門別邸(福岡市),いわゆる〝赤銅御殿〟漏電のため焼失,損害80万円. 542
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25 昭和二年.7.- 1927/7 田川郡後藤寺町大籔地区民は三井田川を相手として3万2000円の鉱害による損害賠償を要求して訴訟中であったが,鑑定人の申請に要する予約金1500円の調達に苦しみ,示談を申出て訴訟を取下げ,炭坑側酒肴料若干を贈与し,将来の鉱害について要求しない念書を徴し,5年余にわたる係争の妥結をみる.所謂,大籔事件. 143
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26 昭和二年.8.11 1927/8/11 三菱,嘉穂郡鯰田の鉱害被害地に1893年打切り補償.その後再陥没して不毛地化したので被害者は鯰田陥落復旧耕地整理組合を設立し復旧工事に着手,三菱は工費として1万5000円寄附を契約. 636
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27 昭和二年.9.7 1927/9/7 組合同盟九州連合会,役員改選.会長今村等辞任し伊藤卯四郎を選任. 350
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28 昭和二年.9.22 1927/9/22 福岡県議会議員選挙,政友会26人・民政会21人・無産系3人・中立4人,計54人当選.田川郡-林田春次郎・麻生国吉・日高力蔵・小袋半,鞍手郡-坂口親恵・山本敏彦・長谷川友吉,嘉穂郡-原英次・野見山平吉・松岡運・吉田久太郎,遠賀郡-小田利三郎・岡部竜太郎,各当選.堂本為広(民憲党)・古賀弁吾(日本農民党)・赤坂伊之吉(労働農民党)ら当選後選挙違反で失格. 451/542
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29 昭和二年.9.- 1927/9 (資)小倉製鎖鉄工場,小倉で創業.チェーン専門工場で筑豊・長崎・北海道などに供給. 437
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30 昭和二年.9.- 1927/9 鞍手郡畜産組合創立.牛馬の生産奨励・種畜の供給及び種付・優良牛馬の育成奨励・牛馬の衛生改善・家畜市場の開設・競馬などの業務を行なう. 132
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31 昭和二年.9.- 1927/9 九州自動車(株),嘉穂郡飯塚町に創設.飯塚・博多間運行乗車賃1円30銭('29年筑豊本線冷水トンネル開通に対抗し80銭に値下げ). 14
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32 昭和二年.10.11 1927/10/11 遠賀銀行(遠賀郡折尾町),預金者大会で破産申請決定.11.9香春銀行(田川郡)解散. 426/542
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33 昭和二年.10.28 1927/10/28 添田・日田間鉄道速成連盟発起人会結成. 453
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34 昭和二年.11.- 1927/11 筑豊4郡の農会,鉱毒救済を福岡県当局に迫ることを決定. 453
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35 昭和二年.12.23 1927/12/23 福岡県議会議長,内務大臣に鉱業による耕地の被害救済に関する意見書を提出,国土の保全,鉱害補償,廃坑後の復旧救済に関する法規の制定を要望,ついで福岡県下鉱害関係郡市農会長,内閣総理大臣・関係諸大臣に要望. 636
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36 昭和二年.12.- 1927/12 金田・宮床間の鉄道敷設を目的に金宮鉄道(株)創立資本金500万円,取締役社長麻生太吉,専務取締役渡辺皐築,取締役麻生義之助・野田勢次郎・麻生太七郎,監査役堀三太郎・有田広. 35
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37 この年 1927 ▷製鉄所二瀬の揚水場より,穂波村楽市校に水道を敷設. 475
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38 この年 1927 ▷蔵内鉱業,田川郡添田町添田・伊原両地区が鉱害被害田の鉱害復旧に着手したのに対し経費の全額を負担し,工期中の収穫減に対し補償することを契約. 636
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39 この年 1927 *福岡県下の鉱害による水田陥没面積4565町1反,うち不毛地599町8反,被害5割以上842町7反. 636
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40 昭和三年.1.1 1928/1/1 鞍手郡小竹町,町制施行. 131
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41 昭和三年.1.1 1928/1/1 大阪毎日新聞社の寄附と県費により,英彦山中腹(英彦山小学校)と山頂に気象観測所を開設して観測を開始. 448
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42 昭和三年.1.6 1928/1/6 田川郡後藤寺町,昨秋より4ヵ月間にわたり降雨なく,さらに降雪と寒気で水源が凍結,三井田川鉱業所の給水で一息. 453
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43 昭和三年.1.6 1928/1/6 無産青年同盟・民憲党本部,兵役短縮を要求,無産青年団体協議会を開催. 548
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44 昭和三年.1.13 1928/1/13 北九州鉄工組合,評議会加盟の青年闘士井上易義が中心となり,北九州金属労働組合と改称. 548
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45 昭和三年.1.14 1928/1/14 中田末三郎・亀岡長郎太・重住権祐・長尾克己等23人,協議して統一労働党結成. 548
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46 昭和三年.1.20~21 1928/1/20~
1928/1/21
豊国セメント苅田工場,賃金値上げを歎願,拒絶され36人罷業.会社側,主謀者2人に7日間の就業停止. 451
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47 昭和三年.1.28 1928/1/28 社会民政党解党,社会民衆党八幡支部結成.亀井貫一郎立候補宣言,支部長安日新. 548
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48 昭和三年.1.- 1928/1 田川菓子組合連合会,全郡的な同業組合として設立. 295
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49 昭和三年.2.2 1928/2/2 共産党筑豊委員長,田川郡後藤寺町に潜行し5人の入党者を得る. 502
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50 昭和三年.2.12 1928/2/12 若松駅新線,空炭車牽引用電気キャップスタン5個を新設. 571
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