筑豊石炭礦業史年表

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No 年表種別 年月日表記 西暦 できごと 備考
1 地域社会 天保一年.3.12 1830/3/12 〔2.18〕 木屋瀬宿出火. 436
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2 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保一年.4.9 1830/4/9 〔3.17〕 福岡藩中老斎藤蔵人,拝領建山内での焚石掘出しを出願. 135
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3 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保一年 1830 〔3.-〕 遠賀郡楠橋村庄屋・組頭より,同村井手原山に焚石丁場を出願し許可されたが,その後同村内焚石掘り方の熟練者の意見をいれ,古間歩開口の方が能率的とわかり,田畠にも障害がないところから,山奉行へ出願許可の一部変更方を遠賀・鞍手御免方役所へ再出願.〔閏3月〕許可. 525
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4 地域社会 天保一年.5.7 1830/5/7 〔閏3.15〕 田川郡伊原に堀川構築のため,伊田手永より出夫. 362
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5 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保一年.5.26 1830/5/26 〔4.5〕 文政11年の凶作により,遠賀・鞍手・嘉麻・穂波4郡の百姓困窮し,このため旅出焚石仕組の焚石を4郡に渡し相応の銭高を非常備益へ出納したが,川近くの焚石丁場は掘り尽くし,遠隔の焚石丁場の採掘で利益なく山元困窮のため,石炭の旅売を大庄屋より出願.天保1年から2ヵ年許可される. 50
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6 地域社会 天保一年.6.22 1830/6/22 〔5.2〕 鞍手郡岡森井手の掘立て間にあわず,金田盤のうち15艘井手上に繋ぎ止め. 569
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7 地域社会 天保一年.6.27 1830/6/27 〔5.7〕 鞍手郡岡森井手附渡船完成(〔4.23〕とりかかり). 82
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8 地域社会 天保一年.12.8 1830/12/8 〔10.24〕 小倉米相場,買上米1石銀70目(札320目),町相場米1石銀71匁(札330目),上御直入米1石銀81匁,同赤池米1石銀79匁,下関相場米1石銀75匁,同上米1石銀80目. 362
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9 全国石炭関係 この年 1830 ▷肥前東松浦郡浪瀬村で焚石発見,採掘をはじめる.出炭高1ヵ月およそ24万斤~25万斤(安政6年~万延1年頃よりようやく盛大となり1ヵ月の出炭高180万斤を越える). 149
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10 地域社会 この年 1830 ▷福岡藩,松本平内に芦屋鷄卵会所請持を命ずる. 651
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11 地域社会 この年 1830 ▷夏の洪水による損耗のため,遠賀・鞍手・嘉麻・穂波・那珂5郡にて,秋免,米1万1721俵. 436
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12 全国石炭関係 この頃 1830 ■平戸藩北松浦郡中里村草刈太一左衛門(草刈新田の開発者)は,石炭仲買商から石炭輸送業に転じて成功.その後,中里・相浦・小佐々各地の石炭採掘に進出. 184
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13 筑豊石炭関係(天保1~明治20) この頃 1830 ■筑前4郡で石炭採掘方法・販売組織・運送・収益分配・資源濫掘などにつき紛争頻発. 104
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14 筑豊石炭関係(天保1~明治20) この頃 1830 ■筑前の石炭年間出炭高6000万斤~7000万斤. 104
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15 地域社会 天保二年.2.25 1831/2/25 〔1.13〕 田川郡添田手永大庄屋宛下関高砂屋吉兵衛より初相場来報.地御蔵米銀90目,豊前米85匁,筑前米84匁,備中染綿107匁,鯨油90目. 362
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16 地域社会 天保二年.3.23 1831/3/23 〔2.10〕 福岡藩,享保蝗災より百年につき,1郡1社にて〔6.18〕より2夜3日の祈祷を仰付ける. 436
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17 地域社会 天保二年.4.5 1831/4/5 〔2.23〕 夜五ッ時,四ッ時の両度地震.2日後にも夜四ッ時地震. 362
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18 全国石炭関係 天保二年.4.6 1831/4/6 〔2.24〕 佐賀藩,多久領別府山採掘の生炭を領内で売りさばきかね,試みとして肥後へ船1艘分の旅出が許可される.〔2.27〕炭山仕法制定の上,運上銀賦課の旨,小物成方より俵銭方へ通達. 298
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19 全国石炭関係 天保二年.4.12 1831/4/12 〔2.30〕 佐賀藩多久領屋形は,同領別府山石炭旅出分の運上銀賦課に関連して,本藩より従来納付しなかった運上を賦課される懸念もあり,別府山石炭の採掘をさし留め,〔3.4〕御屋形で掘り方改正を評議. 298
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20 地域社会 天保二年.4.17 1831/4/17 〔3.5〕 この日より2夜3日,田川郡中伊田村成道寺で,享保年中餓死者7000人の百回忌供養執行. 362/569
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21 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保二年.4.27 1831/4/27 〔3.15〕 福岡藩御筋目沢村角大夫,知行所宗像郡池田村抱壱作畠より,天保2年~同6年の5年間,これまで通り焚石を掘り出したい旨出願. 50
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22 全国石炭関係 天保二年 1831 〔4.-〕 阿州撫養浜・斎田浜,播州赤穂西浜・東浜,備後富浜・吉和浜・天女干浜,芸州竹原浜・生口浜,備後松永浜・野島浜の浜人間で,塩の生産調整を協議すること,塩ならびに石炭相場を時々相互に連絡することを申し合わせる. 4
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23 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保二年.7.26 1831/7/26 〔6.18〕 田川郡金田村庄屋,人見山にて採掘した石炭のうち荒塊炭80万斤を若松へ積下し販売のため,舟運許可を筋奉行へ願い出,許可され,大庄屋の証明にて積み出す. 527
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24 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保二年 1831 〔6.-〕 田川郡金田村庄屋より,同村人見山にて採掘の売残り石炭を焼立て石ガラとし,6000俵を小倉表へ積廻し販売したい旨,筋奉行へ出願(利益は川筋の修理費にあてる). 527
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25 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保二年.8.23 1831/8/23 〔7.16〕 川筋積下しの人見山焚石,草場番所にて差留めとなる.大庄屋または上野七左衛門の証拠にては通舟を認めず(金田茂五郎の証拠によってのみ通舟を認めるという理由から).2日後代官出郡の上折衝,差留めの舟は一応通過を許可され,今後のことは協議することで落着. 569
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26 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保二年.8.25 1831/8/25 〔7.18〕 小倉藩,石炭採掘に関しこれまでよりもきびしい規制措置を講じ,出願許可制を採用. 569
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27 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保二年.8.26 1831/8/26 〔7.19〕 焚石山につき.田川郡金田手永のうち金田・糸田・河原弓削田・宮尾・後藤寺5ヵ村へ,従来の石間歩札にかえて納差札を発行,採掘許可.但し,積出しは役筋へ許可を出願のこと. 569
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28 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保二年.9.11 1831/9/11 〔8.6〕 焚石の通舟だけは金田茂五郎証拠によりその他物品の積下しは,従来通り上野七左衛門証拠によると決定. 569
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29 地域社会 天保二年.10.7 1831/10/7 〔9.2〕 小倉藩,難渋村に対し100石貸付.50石は無利子,50石は利子1割. 569
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30 全国石炭関係 天保二年.10.8 1831/10/8 〔9.3〕 長門宇部村百姓惣代45人連署して,村経費収支明細書の公開,石炭運上の廃止など8ヵ条を領主福原氏へ提出. 32/551
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31 地域社会 天保二年.10.22 1831/10/22 〔9.17〕 小倉藩,捨子についてお触れ. 435
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32 地域社会 天保二年 1831 〔10.中旬〕 小倉相場.小倉米下関はかり枡1石代銀68匁,相場上米銀70目,御買上米銀66匁,金1両代銀64匁,金1両代札420目. 362
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33 全国石炭関係 天保二年.12.5 1831/12/5 〔11.2〕 播州赤穂藩において塩浜に対する定法令達.文政6年から石炭焚きになったが,経験が浅いため煙の逆流を防ぐなどの諸注意を与え,問屋が買付けの時欠石なきよう配慮.また石炭を塩浜人が買入れの時,浜人・問屋を立会わせ,品質・値段などを石炭問屋にまかせないようにする. 4
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34 地域社会 天保二年.12.7 1831/12/7 〔11.4〕 御掛米3年間のところ,さらに3年延期のため,難渋者に対し,小倉藩より心付. 569
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35 筑豊石炭関係(天保1~明治20) この年 1831 ▷遠賀郡修多羅触御用会において,御救渡の焚石益銭10貫目を村々へ1割の利付で貸付け,当冬取上げ修多羅触備とすることを決定. 128
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36 地域社会 この年 1831 ▷小倉役人衆と示談の上,鞍手郡岡森井手境目向寄に水斗定盤石を置き,井手の船通しを底下げして,豊前内の水障り村々と折合う. 82
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37 地域社会 この年 1831 *小倉藩内銀札下落,銀10匁札57匁にて両替. 239
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38 筑豊石炭関係(天保1~明治20) この頃 1831 ■石炭が鍛冶業に使用されはじめ,九州から大坂へ盛んに積み出される.また,硯蓋・すり墨の代用などの需要も生ずる. 104
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39 全国石炭関係 天保三年 1832 〔3.-〕 阿州斎田浜,播州赤穂浜,豫州波止浜,備後松永浜,芸州竹原浜・海老浜,備後肥浜・吉和浜・富浜,防州三田尻浜の浜人間で,塩の生産調整協議の際,塩・石炭の相場を時々通報することを申合わせる. 4
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40 地域社会 天保三年 1832 〔12.-〕 福岡藩,衣服の禁制を緩和. 433
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41 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保三年.1.17 1832/1/17 〔12.15〕 遠賀・鞍手両郡よりの焚石旅出年限は天保2年までのところ,同3年3月まで延期方を郡代へ出願. 50
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42 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保三年.1.31 1832/1/31 〔12.29〕 鞍手郡中泉村仁助,大庄屋加藤仁助へ斤先掘の借入・返済の覚書を提出. 605
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43 地域社会 天保三年.3.6 1832/3/6 〔2.4〕 田川郡糒手永米80石銀5貫目,伊田手永米100石銀12貫目,添田手永米100石銀12貫目,金田手永米100石銀5貫目,猪膝手永米80石銀6貫目,上野手永米80石銀5貫目の拝借方を出願. 362
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44 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 天保三年.3.8 1832/3/8 〔2.6〕 嘉麻・穂波両郡大庄屋より,焚石・石炭の旅出を5年間(天保3年~同7年)延期方出願. 50
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45 地域社会 天保三年.3.13 1832/3/13 〔2.11〕 春以来雨天続きにつき,小倉藩6郡大社にて3日3夜の日乞祈祷. 569
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46 地域社会 天保三年.4.12 1832/4/12 〔3.12〕 郷村御改め.田川郡は,本高5万4259石3斗5升5勺,出新地475石7斗8升9合4勺. 569
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47 地域社会 天保三年.4.23 1832/4/23 〔3.23〕 小倉開善寺にて,享保18年の餓死者百年忌執行. 436
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48 地域社会 天保三年.7.5 1832/7/5 〔6.8〕 仲津郡大橋村の房吉,7年前より飯塚にて日雇稼のところ,先月23日より罹病,回復しないため,宿村継にて国元へ送還方を飯塚宿役人へ願い出る. 569
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49 地域社会 天保三年.7.19 1832/7/19 〔6.22〕 小倉藩,前年来御山鑑改正,新仕立山も登録. 433
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50 地域社会 天保三年 1832 〔6.-〕 宇佐郡高家村永助は,21年前国元を出立処々流浪のところ,〔6.2〕筑前西浦にて歩行不能となり,宿村継にて国元へ送還方願い出る. 569
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