筑豊石炭礦業史年表

キーワード:中原嘉左右
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No 年表種別 年月日表記 西暦 できごと 備考
1 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治一年.6.27 1868/6/27 〔5.8〕 田川郡香春の中原嘉左右宅へ赤池より石殼を7俵送る,〔8.14〕2俵,〔8.30〕6俵,〔10.26〕数量不明. 360
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2 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治二年.1.15 1869/1/15 〔12.3〕 田川郡香春中原嘉左右宅へ赤池より石殼を送る.〔12.3〕1駄,〔12.28〕1駄(山出し駄賃共16匁),〔12.29〕6俵1駄(駄賃16匁),〔2.11〕6俵(駄賃1貫500文),〔2.12〕1駄(駄賃1貫500文),〔3.29〕6俵(駄賃15匁).〔4.1〕6俵,〔4.2〕6俵. 360
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3 地域社会 明治二年.6.25 1869/6/25 〔5.16〕 【地域社会補遺】中原嘉左右,大阪滞在の小今井助右衛門へ米3000石の買付けを指示. 360
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4 全国石炭関係 明治二年.6.26 1869/6/26 〔5.17〕 長崎石炭相場,中原嘉左右の日記によれば唐津上物1万斤22両~23両,その他の品は18両より14両~15両.〔8.5〕唐津上物1万斤24両~25両. 360
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5 全国石炭関係 明治二年.7.21 1869/7/21 〔6.13〕 大阪石炭相場,中原嘉左右の日記によれば石炭高値になり1分銀,2分金半々で1万斤26両~27両. 360
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6 地域社会 明治二年.8.14 1869/8/14 〔7.7〕 【地域社会補遺】小倉(香春)藩内米払底につき中原嘉左右は小今井助右衛門に肥前米の買付けを指示. 360
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7 地域社会 明治二年.9.20 1869/9/20 〔8.15〕 【地域社会補遺】中原嘉左右より長崎に派遣された弟の嘉兵衛,長崎で米商人イエールと上海での唐米買入れを交渉するも不成立. 360
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8 全国石炭関係 明治三年.2.7 1870/2/7 〔1.7〕 長崎石炭相場,中原嘉左右の日記によれば1万斤につき唐津上石炭24両2分~25両.〔2.15〕唐津上物22両2分~23両,柳河大村炭16両~19両,石炭は殊の外不景気.〔6.28〕長崎石炭相場22両. 360
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9 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.3.2 1870/3/2 〔2.1〕 中原嘉左右,赤池川舟庄屋長谷川弥三郎と石炭出荷について協議. 360
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10 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.3.19 1870/3/19 〔2.18〕 兵庫石炭相場,中原嘉左右の日記によれば豊前炭1万斤につき31両~32両(着売-25両~28両). 360
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11 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.4.2 1870/4/2 〔3.2〕 若松出張の小倉(豊津)藩商法方福田昇三,中原嘉左右へ石炭20万斤船積みを報告. 360
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12 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.4.5 1870/4/5 〔3.5〕 中原嘉左右,兵庫滞在の白石伝次郎へ石炭1500万斤積登しにつき外人商社との商談を指示. 360
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13 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.4.8 1870/4/8 〔3.8〕 大阪赤櫨屋善吉より中原嘉左右へ石炭取引きの申し出あり,中原は太政官通商司の書状を持参するよう回答. 360
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14 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.4.19 1870/4/19 〔3.19〕 中原嘉左右,筑後へ塩売り中の開運丸へ戻り荷に三池石炭を購入するよう指示.〔5.1〕三池石炭を買積み門司に帰港. 360
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15 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.4.21 1870/4/21 〔3.21〕 若松出張の小倉(豊津)藩商法方江良友三,中原嘉左右に〔3.18〕までに石炭107万斤余を船積みした旨を報告. 360
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16 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.5.2 1870/5/2 〔4.2〕 中原嘉左右の日記によれば大阪石炭相場,豊前石炭1万斤につき22両. 360
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17 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.5.7 1870/5/7 〔4.7〕 中原嘉左右の日記によれば石ガラ値段,1俵につき下関にて750文この内5歩口銭,若松・下関間運賃54文,下関水揚げ賃12文,下関にて手取644文(石炭方より若松にて購入600文につき44文利益). 360
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18 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.8.19 1870/8/19 〔7.23〕 小倉(豊津)藩の商法方・会計局・中原嘉左右ら,兵庫の金場常次郎(中原屋の取引先)と石炭のことで談判. 360
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19 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治三年.10.6 1870/10/6 〔9.12〕 中原嘉左右より金札500両の為替手形を香春の日田屋孫平に渡す(兵庫の金場小平次宛売渡しの石炭代の内金). 360
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20 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治四年.4.27 1871/4/27 〔3.8〕 中原嘉左右,徳田利彦へ大阪送り石炭の運賃として札5貫687匁を貸す. 360
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21 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治四年.8.31 1871/8/31 〔7.16〕 中原嘉左右,藩命により外国との石炭取引契約締結のため神戸に出張. 360
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22 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治四年 1871 〔10.-〕 小今井助九郎・柏木勘八郎・中原嘉左右の藩よりの石炭受取高は累計1293万斤(明治1年2月~明治4年10月)に達したが,予約高1億斤の4分の1にも満たず,元利合計にて11万7234両7合6分の不足. 58
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23 地域社会 明治五年 1872 〔11.-〕 中原嘉左右,小今井・柏木・堤らと共に物産周旋ならびに物産製造を兼ねた豊運社創立. 360
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24 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治六年.4.6 1873/4/6 中原嘉左右日記によれば赤池より若松までの石炭積下し運賃100斤につき310文.(金1両は13貫500文替). 360
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25 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治六年.11.17 1873/11/17 中原嘉左右,佐々木伊平・伊藤伝三郎・井上壮五郎の3人へ荒塊石炭100万斤600円の石炭為替証券を発行. 360
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26 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.2.2 1874/2/2 中原嘉左右,石炭価格を小倉市中弁務所に書き出す.極上石炭1万斤12円・上10円・中8円・下6円,粉石3円. 360
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27 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.5.9 1874/5/9 中原嘉左右日記によれば,若松における赤池石炭価格,上品1万斤17円50銭・中品14円50銭,他に門司までの運賃1万斤2円50銭~3円. 360
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28 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.5.- 1874/5 中原嘉左右,5月中の赤池荒塊石炭価格を小倉市中弁務所へ書上げ(荒塊石炭1万斤上10円・中石炭6円50銭・下石炭4円50銭). 360
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29 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.9.19 1874/9/19 中原嘉左右日記によれば大阪石炭相場,1万斤大極上28円50銭~29円・中25円・下22円. 360
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30 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.10.22 1874/10/22 中原嘉左右日記によれば大阪石炭払底,唐津炭1万斤40円・豊前炭34円50銭.10.23唐津上45円~50円・赤池上35円.10.31赤池上40円.12.3赤池上35円. 360
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31 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.10.24 1874/10/24 中原嘉左右日記によれば白川山元で極上石炭1万斤15円50銭. 360
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32 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.10.28 1874/10/28 中原嘉左右日記によれば,横浜石炭相場1万斤50円余.12.12 43円~44円. 360
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33 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.11.4 1874/11/4 中原嘉左右,赤池で石炭1000万斤の買付け交渉(前借一山につき100円の条件). 360
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34 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治七年.12.3 1874/12/3 中原嘉左右,穂波郡石炭方清水清へ石炭資本金3000円貸与(但し.6.11に1000円渡し済み). 360
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35 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.1.11 1875/1/11 穂波郡石炭方清水清より煽石引当てで中原嘉左右に金談.2.2本件につき野見山五八郎へ地券担保で250円貸付. 360
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36 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.1.26 1875/1/26 中原嘉左右日記によれば筑前煽石相場(若松),極上1万斤10円・上9円・並8円. 360
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37 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.2.2 1875/2/2 中原嘉左右,石炭山元井上壮五郎・佐々木進平へ石炭引当てで貸金. 360
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38 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.2.12 1875/2/12 中原嘉左右日記によれば大阪石炭相場,赤池炭上品1万斤31円・その他29円~30円. 360
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39 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.2.15 1875/2/15 中原嘉左右,西部清作・中藤庄助へ石炭資本金200円を貸付. 360
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40 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.4.29 1875/4/29 中原嘉左右日記によれば,赤池石炭相場1万斤神戸26円50銭・大阪29円,煽石大阪22円. 360
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41 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.5.25 1875/5/25 中原嘉左右,小倉営所(第十四聯隊)へ石炭価格書上げ,極上1万斤20円・中17円・下13円. 360
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42 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.8.19 1875/8/19 田川郡宮尾村津川平次郎,'75年3月~4月の出炭量勘定書を提出.出炭荒石65万9650斤,この内欠石・粉石を除いて40万斤を赤池村送炭,代金420円で中原嘉左右に売払う(1万斤10円50銭,採炭より赤池村着まで諸入用金300円,残120円の利益). 569
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43 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.8.19 1875/8/19 田川郡後藤寺村津川勝郎治・稲田芳平より'75年11月~'76年4月の宮尾村地式字小沓ケ浦の石炭勘定書提出.出炭荒石150万6000斤,欠石・粉石を除いて74万9680斤を赤池村へ送炭,この内17万3340斤を中原嘉左右に売払い,57万6340斤を清水平次へ売る,売払代金計824円60銭(1万斤11円,諸入用費589円69銭6厘8毛を差引いて234円90銭3厘2毛が利益). 569
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44 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.8.25 1875/8/25 田川郡宮尾村中藤庄助より1月~2月の石炭勘定書提出.荒石209万3940斤,うち欠石・粉石を除き110万4470斤を赤池村送炭,1万斤10円で中原嘉左右へ売払う,代金1104円47銭(内諸入用金773円12銭5厘,残331円34銭5厘の利益). 569
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45 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治八年.11.14 1875/11/14 豊前石炭問屋第一大区第一小区(小倉)宝町中原嘉左右・米町近藤彦兵衛・堺町白石庸の3人,田川郡石炭取締規則に対応して,若松港における売捌方許可出願.11.15小倉県の許可を得る. 518
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46 筑豊石炭関係(天保1~明治20) この年 1875 ▷田川郡後藤寺村井上壮五郎,石炭税金23円22銭9厘の内20円を8.29に納入.その後,井上壮五郎が差押えにあい掘出石炭の売出し停止を命ぜられたので,中原嘉左右が債務を肩代りして売炭の権利を与えられるよう県令に出願. 569
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47 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治九年.1.9 1876/1/9 中原嘉左右日記によれば,田川郡赤池村坊主ケ谷粉石の若松相場,1万斤6円80銭. 360
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48 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治九年.2.11 1876/2/11 中原嘉左右,若松出張(若松石炭取締所の家居見分その取締方法のため). 360
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49 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治九年.3.16 1876/3/16 中原嘉左右,弁城の早川岩次郎へ石炭代160円前貸し. 360
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50 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 明治九年.3.18 1876/3/18 中原嘉左右,第二大区'73年分石炭採出税山元数人未納分105円を取替え. 360
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