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年表種別 |
年月日表記 |
西暦 |
できごと |
備考 |
1
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筑豊石炭関係(天保1~明治20)
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天保三年.3.8
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1832/3/8
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〔2.6〕 嘉麻・穂波両郡大庄屋より,焚石・石炭の旅出を5年間(天保3年~同7年)延期方出願. 50
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2
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筑豊石炭関係(天保1~明治20)
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天保六年.2.12
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1835/2/12
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〔1.15〕 遠賀・鞍手両郡の焚石旅出を天保6年4月まで3ヵ月間延期方を大庄屋より郡代へ出願. 50
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3
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筑豊石炭関係(天保1~明治20)
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天保六年.6.7
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1835/6/7
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〔5.12〕 門司塩浜製の塩1000俵を石炭積廻しの戻り船で積帰り,石炭は普請方引受けのところ値段が安く引合わぬので値段調査の上書付提出方廻文. 569
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4
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筑豊石炭関係(天保1~明治20)
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天保八年
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1837
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〔12.-〕 山元忠七,直方町御館山根の野地の焚石丁場1ヵ所を地焚料として時々採掘することを許可される. 82
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5
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全国石炭関係
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この年
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1837
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▷肥前山代郷より防州三田尻塩田への旅出石炭5万盃に急増(天保10年をもって杜絶). 26
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6
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全国石炭関係
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天保一〇年
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1839
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〔11.-〕 安芸賀茂郡竹原塩浜において,石炭使用の代償として,薪積出しの奥筋8ヵ村に従来渡していた償銀を36貫目渡し切りで以後償銀手切れ,双方和談成立(文化2年竹原塩浜に石炭導入以来度々浜方と奥筋村々紛糾.文化15年広島藩の裁定で毎年奥筋8ヵ村に銀7貫920匁償銀を出すことで,石炭使用全面許可). 717
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7
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全国石炭関係
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この頃
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1839
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■安芸豊田郡中野村塩浜にて石炭焚きに全部きりかわる. 717
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8
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全国石炭関係
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この年
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1841
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▷周防三田尻浜(都濃宰判平田開作浜)の塩田自作で,塩業生産費12貫752匁9厘2毛のうち石炭代5貫148匁を占め.労賃とともに高い比率(40%)を示す. 366
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