筑豊石炭礦業史年表

キーワード:第4群需給
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No 年表種別 年月日表記 西暦 できごと 備考
1 全国石炭関係 明治二一年.1.5 1888/1/5 海軍省,福岡県下炭山の増借区出願を差止め審査の上予備炭田を撰定することにつき農商務省に照会. 61/221
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2 生産・流通(明治21~) 明治二一年.1.21 1888/1/21 農商務省,福岡県内の海軍予備炭山指定区域(粕屋郡18ヵ村,鞍手郡-勝野・御徳・直方・山部・知古・赤地・中原の7ヵ村,嘉麻郡-下山田・才田・漆生・中隈・下臼井・上臼井・西郷の7ヵ村,田川郡-大熊・糒・糸田・宮床・後藤寺・河原弓削田の6ヵ村,計4郡38ヵ村)を福岡県に通達. 221
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3 生産・流通(明治21~) 明治二一年.1.- 1888/1 石炭坑区の撰定,農商務省は福岡県の稟申により筑豊鉱業資源の合理的開発のため小坑区を合併し,筑豊5郡を21区とする撰定坑区を発表.中小坑業者はこれに反対('89年末までに34坑区となる). 376/221
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4 生産・流通(明治21~) 明治二一年.5.15 1888/5/15 渋沢栄一・益田孝,田川郡炭田に約300万坪の借区願を提出,資本金100万円. 453
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5 生産・流通(明治21~) 明治二一年.11.29 1888/11/29 岩崎弥之助・福島良助,海軍省所轄の粕屋・鞍手・嘉麻・田川4郡の石炭採掘借区を出願(却下される),またそれに対抗し12月下旬,田川坑業会社・筑豊坑業会社・筑前坑業会社でも連合で園田熊太郎・安部真鉄・大山与四郎・下沢善四郎らの誓願委員が上京. 669/456/453
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6 企業・労働・災害(明治21~) この年 1888 *福岡県下の石炭採掘高(三池を除く)10億8851万8794斤,筑豊5郡採掘高,遠賀郡1億6706万7772斤,鞍手郡4億0500万0000斤,嘉麻郡1億3370万6300斤,穂波郡1億4801万6051斤,田川郡1億6003万7261斤.遠賀・田川の増量著しい. 442
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7 生産・流通(明治21~) この年 1888 *筑豊主要炭坑(1000万斤以上)と坑主,遠賀郡-大辻(宮田政市)・第二新手(詐斐鷹助)・金谷(南川正雄)・黒川(香月藤七郎)・筑紫(柴田多七),鞍手郡-新手本洞(許斐鷹助)・最上(西野伴七)・側筒谷(飯野双十郎)・来見(三野村利助)・大之浦(貝島太助)・白鶴(入江卯太郎),嘉麻郡-鯰田(麻生太吉)・大城(安川敬一郎)・穂波郡-平野(広岡信五郎)・目尾(杉山徳三郎)・相田(松本潜)・田川郡-起行(行実孫次郎)・峰地(久良知重敏)・小松ケ浦(和田武生)・宮尾(柳沢茂). 376
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8 生産・流通(明治21~) この年 1888 *若松・芦屋への筑豊炭送出高,遠賀郡1億4686万8233斤・鞍手郡3億5607万4244斤・嘉麻郡1億2762万8558斤・穂波郡1億3612万5008斤・田川郡1億6003万7261斤,この頃石炭買積の帆前船(小型45t・中型60t・大型100t)芦屋港より若松港へ集中しはじめる. 376/572
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9 企業・労働・災害(明治21~) 明治二二年.1.下旬 1889/1 海軍予備炭田解放運動の件で,坑業組合石野総長上京,随行者久良知・安川・麻生・杉山・許斐・行実ら坑主総代と県知事も上京. 360
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10 生産・流通(明治21~) 明治二二年.1.-~3.- 1889/1~
1889/3
筑豊主要炭坑(200万斤以上),大辻・行政・筑紫・本洞・御輪地・金谷・新手・新手本洞・大之浦・白鶴・京野・来見・側筒谷・神坂・大城・抜尾・鯰田・目尾・相田・平原・峰地・起行・小松ヶ浦・飛掛・忠隈. 376
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11 生産・流通(明治21~) 明治二二年.2.- 1889/2 中原屋,海軍予備炭田解放を見越し,大隈村・宮床村・糒村・糸田村・中伊田村・伊加利村の借区を交渉. 360
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12 生産・流通(明治21~) 明治二二年.3.3 1889/3/3 海軍予備炭田解除の報,東京より中原屋に入電. 360
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13 生産・流通(明治21~) 明治二二年.4.16 1889/4/16 田川・嘉麻両郡の海軍予備炭田の一部解放される.田川郡では6ヵ村が解除され,代りに伊川・伊加利の2ヵ村が封鎖される. 221
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14 企業・労働・災害(明治21~) 明治二二年.5.- 1889/5 田川郡の予備炭田解放と借区取得を目ざす各派,合同し田川採炭会社発起株主総会を東京で開催.資本金を65万円とする('90.3.3 100万円に増資).8.20~22さらに博多で総会開催し社長福島良助,委員兼支配人金子辰三郎,相談役渋沢栄一,種田誠一,委員兼会計検査中尾卯兵衛,委員兼相談役下沢善四郎,委員園田熊太郎の各役員を推薦. 728
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15 生産・流通(明治21~) 明治二二年.7.1 1889/7/1 新原炭坑,請負で第一坑開坑に着手.9.10地下72尺で三重炭に着炭. 61
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16 生産・流通(明治21~) この年 1889 *福岡県下の石炭採掘高(三池を除く)13億4696万9378斤,筑豊5郡採掘高,遠賀郡3億4162万3531斤,鞍手郡3億9011万0000斤,嘉麻郡1億8717万1872斤,穂波郡1億6544万6913斤,田川郡1億5477万6242斤,遠賀郡出炭の比重著しく高まる. 442
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17 生産・流通(明治21~) 明治二三年.8.- 1890/8 田川郡の主要炭坑・炭坑主・出炭高-弓削田村起行炭坑・行実孫次郎・782万4280斤,糸田村糸田炭坑・磯野小右衛門・769万3655斤,弓削田村峰地炭坑・久良知重敏・645万0105斤,下沢善四郎・386万2925斤,弓削田村大藪炭坑・中西藤太郎・357万7408斤. 456
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18 企業・労働・災害(明治21~) この年 1890 ▷岩崎彌之助,グラバー・末川久敬らと共に三菱新入・鯰田両坑を視察,案内は安川敬一郎. 457
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19 生産・流通(明治21~) この年 1890 *筑豊5郡送炭高(若松・芦屋扱),石炭13億1182万5256斤(遠賀郡2億3317万4350斤,鞍手郡4億2826万5221斤,嘉麻郡2億2608万1674斤,穂波郡2億2720万1746斤,田川郡1億8710万2265斤).ほかにコークス2万5902俵,石殼8万7363俵. 376
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20 生産・流通(明治21~) この年 1890 *筑豊5郡1000万斤以上出炭坑名,遠賀郡-大辻・行正・第三本洞・第二新手・筑紫・正善,鞍手郡-新手本洞・大之浦・古田・来見・菅牟田・白鶴,嘉麻郡-大城・笠松・鯰田・嘉麻,穂波郡-目尾・相田・庄司・忠隈・伊岐須・潤野,田川郡-糸田・八九四・赤池・峰地・起行. 376
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21 全国石炭関係 明治二四年.2.- 1891/2 三菱,高島坑・端島坑の掘進を開始. 308
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22 生産・流通(明治21~) 明治二四年.3.2 1891/3/2 農商務省,海軍予備炭田の田川郡伊田・伊加利両村を開放.同時に鞍手郡御徳・粕屋郡新原を除く県下予備炭田もすべて開放.これより坑区獲得争い激化.3.7田川郡だけの試掘借区願書提出が14通に達する. 376/221
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23 生産・流通(明治21~) 明治二四年.4.- 1891/4 松本潜,高雄炭坑(穂波郡二瀬村)を開坑.支配人中野徳次郎・伊藤伝六('97年旧相田炭坑区を漸次増区し72万5000坪に拡張). 321
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24 生産・流通(明治21~) 明治二四年.6.- 1891/6 田川郡の旧海軍予備炭田200万坪を4区分し,第1は谷敬三組(渋沢栄一派),第2は藤井順吉組,第3は吉田鞆二郎組,第4は堤猷久組に許可と新聞報道(しかし田川採炭会社に251万坪一括許可となり細分化を抑止). 456/728
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25 生産・流通(明治21~) この年 1891 ▷金田炭坑(田川郡神田村),豊永長吉・柏木勘八郎,海軍予備炭田の解放地区を取得し開坑('92年柏村信に譲渡,'96年3月毛利元昭に譲渡). 188
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26 全国石炭関係 この年 1891 *工場用炭の消費,製塩・船舶用を凌駕. 405
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27 生産・流通(明治21~) この年 1891 *筑豊主要炭坑(1000万斤以上出炭)-鯰田・大辻(1億斤以上),大城・新入・目尾・赤池・新手本洞・高雄・大之浦(1億~5000万斤),勝野・大之浦第二・峰地・糸田(5000万~4000万斤),忠隈・第二新手・田川採炭(4000万~3000万斤),伊岐須・笠松(3000万~2000万斤),庄司・豊田・筑紫・岩瀬・垣生・八九四・御輪地・潤野・小松・行正・京野・白鶴・御徳(2000万~1000万斤). 376
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28 生産・流通(明治21~) 明治二五年.4.- 1892/4 炭界不況,大口の工業会社と特約するため見本炭の進呈競争盛ん.相場は依然底入り模様.東京石炭市場でも北海道炭の廉売から九州炭の売行き不活発.唐津炭も一時の高値に比し1円方低落. 453
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29 生産・流通(明治21~) 明治二五年.11.中旬 1892/11 石炭界恐慌,三菱・三井が低廉炭価で互に競争し筑豊の小炭坑は困窮.筑紫・笠松・埴生・植木・香月・日焼・吉田の諸坑は休業中.ただし採炭高は1ヵ月平均9万5500tで昨年の平均高より2万6005tの増加. 453
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30 生産・流通(明治21~) 明治二五年.12.31 1892/12/31 県内石炭借区採掘坑数,( )内は休業数-228ヵ所(200ヵ所).粕屋郡12(6),遠賀郡13(20),鞍手郡64(33),嘉麻郡32(45),穂波郡33(35),三池郡7,田川郡39(46). 442
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31 生産・流通(明治21~) この年 1892 *筑豊の石炭状況,出炭高103万9777t(100万t突破),郡別出炭高-遠賀郡13万2000t・鞍手郡33万7000t・嘉穂郡33万9000t・田川郡22万9000t.水陸運炭別-陸運16万9206t・水運87万0571t,送出別-門司港4万3253t・若松港80万2776t・芦屋港19万3748t,炭種別-塊炭62万7444t・粉炭22万8690t・切込炭11万6999t・硬炭1万1489t・煽石5万1647t・骸炭1980t・石殼1528t,炭価(筑豊1等炭)田川採炭・金田・豊国・峰地の塊炭1t2円20銭,大之浦・赤池1円80銭,目尾1円60銭,香月・金剛1円30銭. 542
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32 生産・流通(明治21~) 明治二六年.1.~3. 1893/1~
1893/3
石炭の需要増加,若松・芦屋への送炭運賃も騰貴して川艜業者は大繁昌.筑豊興業鉄道では炭車が不足. 453/542
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33 生産・流通(明治21~) 明治二六年.3.- 1893/3 田川採炭・豊国炭坑が三井物産と鉄道庁納入の炭量を契約,両坑共840万斤,納入期間'93年4月~'94年1月. 293
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34 生産・流通(明治21~) 明治二六年.7.- 1893/7 福岡鉱山監督署の石炭試掘許可件数(1月~7月)穂波郡21・嘉麻郡12・粕屋郡10・鞍手郡9・田川郡6・遠賀郡5・企救郡4・上座郡2・夜須郡1,合計69件. 453
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35 全国石炭関係 明治二六年.8.- 1893/8 製鉄所設立計画,松方正義・小宮信夫・雨宮敬次郎・大倉喜八郎ら官界・財界人で具体化の機運,設立候補地は広島県三原および門司が挙げられ,新に小倉が有力視. 542
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36 生産・流通(明治21~) 明治二六年.8.- 1893/8 坑業組合調査,若松・芦屋・門司への送炭高(1月~6月)12億2997万9677斤(61万3083t余),前年同期より9098万3503斤増.若松港石炭積込高9億0250万1000斤沖船数1万2699艘. 453
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37 生産・流通(明治21~) 明治二七年.1.- 1894/1 1月前半期の15日間,筑豊各炭坑より若松・門司港着の石炭総量1億0662万2814斤,うち川艜送り6392万5614斤,汽車送り4269万7200斤,汽車送り中門司港着分1021万9440斤. 465
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38 全国石炭関係 明治二七年.5.- 1894/5 田代考,重油燃焼法を考案,わが国液体燃料使用のはじめ. 386
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39 生産・流通(明治21~) 明治二七年.6.13 1894/6/13 陸・海軍省,高品位炭を買付ける.筑豊炭第1品位の田川八尺炭は門司港で36円,峰地・豊国・小松炭なども32円~33円と未曽有の高値. 542
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40 生産・流通(明治21~) 明治二七年.6.- 1894/6 内外で石炭の需要が増加,筑豊各坑で出炭を急ぎ借区外まで乱掘するもの続出. 542
ページ】: 170
41 生産・流通(明治21~) 明治二七年.8.12 1894/8/12 三菱鯰田,精選塊炭5200tを軍用に徴発される. 233
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42 生産・流通(明治21~) 明治二七年.10.- 1894/10 瓜生卯太郎,白鶴炭坑(鞍手郡宮田村)を開坑,借区14万坪. 321
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43 企業・労働・災害(明治21~) この年 1894 *福岡県下石炭採掘高1万斤以上の炭坑名,( )内は鉱業人名.粕屋郡-旅石(八尋佐平ほか3人),植木(高山卯右衛門),仲原(大藪好太郎).遠賀郡-大辻(左納権一),第二新手(九州炭鉱),頃末(久保田信之ほか1人),名前(平田作助),吉田(安永兵太郎),水巻(春田惟),第一大隅(中西七太郎).鞍手郡-本洞直方(許斐鷹介),神田(田代又右衛門ほか4人),新西川(井上友次郎),勝野(森清高吉ほか5人),勝野(近藤廉平),本洞(山本周太郎),新手(加藤仁太郎ほか2人),瑞穂(渡辺壮兵衛),新入(三菱),大之浦第一(木村正幹),大之浦第二(木村正幹),鴻ノ巣(占部三折ほか9人),京野(古野三郎ほか2人),日焼古田(許斐正雄),金剛(仲西七三郎ほか2人).嘉麻郡-笠松(麻生太吉ほか1人),碓井(三菱),嘉麻(野見山米吉),鯰田(三菱),大城(安川敬一郎ほか3人).穂波郡-忠隈穂波(久保盛明),相田(中野徳次郎ほか2人),伊勢谷(山口角平),庄司(住友吉左衛門),高雄(岩崎弥之助),潤野(広岡信五郎),目尾(杉山松太郎).三池郡-三池(三井三郎介).企救郡-足立(原口大成),富野(原口大成ほか1人).田川郡-糒(平岡浩太郎ほか2人),奈良(山本喜七郎ほか1人),金田(柏村信),赤池(安川敬一郎ほか1人),田川採炭坑(福島良介),川崎(佐々木恒平ほか6人),川宮(平岡辰次郎ほか3人). 427
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44 生産・流通(明治21~) この年 1894 *筑豊5郡石炭産出高.1月~6月,遠賀郡1億3905万2109斤・鞍手郡4億5087万0470斤・嘉麻郡2億3164万3688斤・穂波郡2億5278万4491斤・田川郡3億8332万7629斤,7月~12月,遠賀郡1億5616万5993斤・鞍手郡5億2762万0818斤・嘉麻郡2億2343万0155斤・穂波郡2億0354万5242斤,田川郡3億0584万9941斤. 376/465
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45 企業・労働・災害(明治21~) 明治二八年.2.- 1895/2 門司港石炭商,日清戦争で好況.10万t以上の取扱店は安川松本商店31万2569t・田川採炭販売部21万6372t・三井物産18万7131t・三菱19万7198t. 542
ページ】: 175
46 地域社会 明治二八年.4.- 1895/4 (株)門司鉄工場,筑豊各炭坑盛況のため汽罐の注文が殺倒. 542
ページ】: 175
47 生産・流通(明治21~) この年 1895 *筑豊主要炭坑(下半期出炭1000万斤以上),高雄・大之浦・赤池・本洞・藤棚・小竹・鯰田・新入・勝野・大城・大辻・豊国・目尾・金田・田川採炭・碓井・直方本洞・鴻ノ巣・忠隈・瑞穂・芳雄・日焼・第二新手・第一大隈・上目尾・峯地・金剛・京野・第一白鶴・吉田・庄司. 376
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