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年表種別 |
年月日表記 |
西暦 |
できごと |
備考 |
1
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地域社会
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明治一〇年.11.7
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1877/11/7
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頭山満・進藤喜平太等開墾社(別名向陽塾)を設立. 138
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2
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地域社会
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明治一二年.1.5
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1879/1/5
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向陽義塾開校式.箱田六輔・頭山満・進藤喜平太らにより創立(後の玄洋社). 803
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3
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地域社会
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明治一二年.12.8
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1879/12/8
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箱田六輔・頭山満ら,筑前共愛公衆会を結成. 138/640
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4
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地域社会
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明治二〇年.8.11
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1887/8/11
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≪福陵新報≫(玄洋社機関紙)創刊,社長頭山満('98年5月≪九州日報≫と改題). 138
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5
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生産・流通(明治21~)
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明治二三年.7.30
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1890/7/30
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頭山満・藤田伝三郎,田川郡の炭坑借区をめぐり競争激甚,田川郡本線八尺炭・支線八尺炭,200万坪余のうち川崎・新城・伊原・福田など約140万坪は農商務省より頭山満に許可. 456
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6
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生産・流通(明治21~)
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明治二三年.10.2
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1890/10/2
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頭山満・平岡浩太郎ほか2人,田川郡川崎村ほか2ヵ村の借区36万2896坪を三井物産と譲渡契約なる. 293
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7
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生産・流通(明治21~)
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明治二四年.3.頃
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1891/3
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頭山満の所有坑区,大任75万坪・後藤寺新城25万坪・山野54万坪・下山田68万坪. 417
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8
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地域社会
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明治二五年.6.-
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1892/6
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頭山満,民党撲滅策の建白書を松方内閣に提出,運動資金として3万円の下附を願う. 233
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9
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生産・流通(明治21~)
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この年
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1893
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▷この頃頭山満・藤田伝三郎・浅野総一郎,田川郡川崎村島廻に共同借区. 124
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10
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生産・流通(明治21~)
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明治二七年.5.31
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1894/5/31
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原六郎,頭山満より田川郡大任坑区を1万円で買収,島津家と共同経営.9.24戦時のため休業. 417
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11
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生産・流通(明治21~)
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明治二八年.8.-
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1895/8
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下山田炭坑,頭山満から古河市兵衛が譲受け開坑(以後古河下山田と略称)'98年80Kw発電機1台・汽罐2台・電気捲揚機1台を据付ける.炭坑における電力使用は本邦の最初. 462
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12
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生産・流通(明治21~)
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明治二九年.5.5
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1896/5/5
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三井鉱山,嘉麻郡稲築村大字山野・口ノ春・岩崎地区内坑区60万9996坪を玄洋社頭山満より11万7210円18銭で買収,三井山野炭坑を開坑. 86/502
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13
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生産・流通(明治21~)
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明治三〇年.4.-
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1897/4
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この月の開坑炭坑,上位登炭坑(田川郡猪位金村)借区7万4000坪に村田為吉開坑.集丸炭坑(嘉穂郡桂川村土師),城野琢磨が藤田伝三郎より37万坪を買収し開坑.益富炭坑(嘉穂郡碓井村上西郷),坑区19万7000坪,瓜生卯太郎が頭山満より2万円で買収し開坑.宮ノ浦炭坑(嘉穂郡庄内村)開坑,運炭は坑口から庄内川畔まで軽便鉄道を敷設し20艘余の小型川艜で舟運.小峠頴田炭坑開坑,坑主蜂谷将次郎,日産6万斤.小峠新谷炭坑,日産5万斤.何れも金田停車場から汽車積.鷹取坑山(鞍手郡勝野村御徳)鷹取行蔵が開坑. 542/321
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14
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生産・流通(明治21~)
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明治三五年.7.-
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1902/7
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三井鉱山(名),稲築村地内の坑区1万0563坪を頭山満より434円64銭6厘で買収. 576
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15
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地域社会
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明治三七年.7.26
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1904/7/26
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頭山満ら,対外硬同志会を組織,8.9対露同志会と改称.9.10九州大会を福岡にて開催. 233
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16
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全国石炭関係
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明治三八年.8.11
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1905/8/11
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北炭,クリキ炭坑(夕張郡,頭山満・金子元三郎所有)を買収,真谷地炭坑と改称し,9.20開坑. 197
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17
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地域社会
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昭和一九年.10.5
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1944/10/5
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頭山満没,90歳. 367
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