筑豊石炭礦業史年表

キーワード:益田孝
/ 1ページ
No 年表種別 年月日表記 西暦 できごと 備考
1 全国石炭関係 明治九年.6.15 1876/6/15 益田孝,鉱山寮経営三池炭坑出炭の取扱いに着眼し,委託販売願を鉱山寮に提出.11.2鉱山寮と一手販売契約を結ぶ. 497/314
ページ】: 104
2 全国石炭関係 明治九年.7.1 1876/7/1 三井物産会社創立(社長益田孝).7.29設立許可. 196/505
ページ】: 104
3 生産・流通(明治21~) 明治二一年.5.15 1888/5/15 渋沢栄一・益田孝,田川郡炭田に約300万坪の借区願を提出,資本金100万円. 453
ページ】: 146
4 生産・流通(明治21~) 明治二二年.5.- 1889/5 三井物産社長益田孝,田川郡川崎村に27万坪を借区(1907年7坑区を所有,田川炭山出張所が管理). 502
ページ】: 152
5 地域社会 明治二三年.2.26 1890/2/26 筑豊興業鉄道,東京在住常議員に益田孝・浅野総一郎を選任. 608
ページ】: 155
6 全国石炭関係 明治二三年.10.- 1890/10 三池炭礦社委員西邑虎四郎・益田孝と三井物産会社との間で,横須浜より口ノ津・三角迄の運賃・手数料を定める.手数料石炭1t1銭,運賃は物産より各船主へ支払い,運送船・曳船の入費補助は年間1万2000円とする. 673
ページ】: 156
7 全国石炭関係 明治二五年.6.20 1892/6/20 三井鉱山(資)設立認可,資本金200万円,社長三井三郎助・副社長益田孝・委員中上川彦次郎('93.7.6物産・銀行と共に合名会社に改組). 501
ページ】: 162
8 地域社会 明治三二年.8.- 1899/8 九州鉄道株主のうち,仙石社長に不満をもつ者で改革派を組織し,借入金の過多,職員の過多など5項目を掲げて営業方針を批判し,臨時総会の開催を請求.9.19~23九鉄重役派,井上馨に無条件仲裁を依頼,井上,三井八郎右衛門・岩崎彌之助を交え,改革・重役両派を招いて懇親会を開く.10.16井上馨・益田孝・片岡直温・根津嘉一郎・住江常雄は経営事情を現地で調査.翌年2.7九鉄調査委員会裁定事項を決定,職員の淘汰経費節減の必要を指摘し,重役の進退は不問とする.2.10井上馨両派を招き練達した役員の招へい,各主要駅で公衆電報を取扱う,各駅で送迎切符を発行,また赤帽をおくなどの業務改善を勧告. 542/382/707/668
ページ】: 195
9 全国石炭関係 明治四二年.10.11 1909/10/11 三井鉱山合名会社,社名変更し三井合名会社に吸収される.社長三井八郎右衛門,顧問益田孝・団琢磨ほか5人,鉱山部長三井三郎助.鉱山業は鉱山部の所轄となり,九州炭礦部は九州炭礦事務所となる. 501
ページ】: 238
10 全国石炭関係 昭和一三年.12.28 1938/12/28 益田孝没,92歳. 453
ページ】: 400
/ 1ページ