筑豊石炭礦業史年表

キーワード:第2群幕府
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No 年表種別 年月日表記 西暦 できごと 備考
1 地域社会 嘉永六年.7.27 1853/7/27 〔6.22〕 小倉藩,ペリー浦賀来航につき,厳重な警戒と穀類旅売の一時停止を命令. 569
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2 全国石炭関係 嘉永六年.9.26 1853/9/26 〔8.24〕 幕府,品川台場築造に着手.〔安政1年7月〕竣工.〔8月〕江戸湯島に鋳砲場を設置. 17
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3 全国石炭関係 嘉永六年 1853 〔8.-〕 井伊直弼,米国所望の石炭は,九州に多く産出,必要の都度長崎にて求むべしと言明. 166
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4 全国石炭関係 安政一年.2.7 1854/2/7 〔1.10〕 幕府勘定奉行,伊豆韮山反射炉用として石炭10万斤を急遽買い求めのため,郡代出張の件を筑後柳河藩主へ通達. 284
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5 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 安政一年.6.15 1854/6/15 〔5.20〕 小倉藩,国産物買上げにつき,生産奨励を行なう(国産としては,赤池石炭・上野と香春の焼物・養蚕・苧麻栽培・楮の野山栽培・生蝋・綿の空地栽培・うるし生産・葛布袴織りなど). 569
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6 地域社会 この年 1855 ▷諸物価高値.英彦山内の物価,金1両につき6貫800文,銀1匁につき111文,米1俵3貫600文,麦1俵2貫400文,大豆1俵3貫400文,酢1升130文. 421
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7 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 安政五年.8.27 1858/8/27 〔7.19〕 小倉藩家老,この日より4日間,田川郡石炭山見分. 433
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8 筑豊石炭関係(天保1~明治20) 安政六年.8.18 1859/8/18 〔7.20〕 小倉藩家老嶋村志津摩・郡代以下40人,田川郡金田石炭山見分.〔7.22〕呼野大道藪下金あかり掘ならびにゆり方見分. 172
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9 地域社会 万延一年.3.21 1860/3/21 〔2.29〕 小倉藩,条約締結・外国交易についての昨年12月の公儀よりの触出しを,郡中へ達示(外国人居留者には長官士分の者もあるので,往来の節粗野な振舞いのないこと.言語事情不通につき双方共下座しないこと.外国銀7匁以上目方のものは,1分銀3分に通用のつもりで銀座刻印の上,滞りなく通用のこと). 172
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10 地域社会 文久一年.3.29 1861/3/29 〔2.19〕 小倉藩,旅人取締令. 436
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