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目録ID mp000570-200010
文書名
文書名(カナ) おぼえ
文書名(ローマ字)
別名
別名(カナ)
別名(ローマ字)
文書名(欧文)
文書名に関する注記
差出・作成者 柘植中務彰常
差出・作成者(カナ)
差出・作成者(ローマ字)
宛所 仲村新右衛門
宛所(カナ)
宛所(ローマ字)
書写者
書写者(カナ)
書写者(ローマ字)
作成年 文化8年
作成年終
数量 1点
形状
寸法
寸法(縦) 356mm
寸法(横) 485mm
材質
形態に関する注記 折紙
保存状況
縮尺
その他の注記
言語 日本語
ISBN
ISSN
主題
主題(カナ)
主題(ローマ字)
関連する地域・場所
関連する地域・場所(カナ)
関連する地域・場所(ローマ字)
関連する人物・団体
関連する人物・団体(カナ)
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容
内容(カナ)
内容(ローマ字)
解題・説明 柘中務こと柘植龍洲が自身の著作「温泉論」を出版するにあたり、当時の仲村家当主新右衛門から出版資金として金15両を寄せられたことに対する受取礼状。
柘植龍洲は河内国安宿郡国分の医家で、儒学を懐徳堂の中井竹山に学び、医学を京の浅井図南にうけ、大和高取藩植村侯の医官としても仕えた人である。国分で医塾先天堂を営む一方、北の恩智にも分館「折肱舘」をも営み、地域的にも幅広く活動していた。
新右衛門の子甚太郎が痘瘡(天然痘)にかかった際、発症から治癒回復の祝に至るまでの日々の容態を記した記録「痘瘡肥立容躰扣」には、柘植龍洲に往診してもらったことが記されている。柘植龍洲は富田林における有力な医家である竹島浩庵とも親しく、富田林へしばしば来訪し、杉山家や仲村家の診療にあたっていたということも、仲村家がこうした医家への支援を行った背景にあるのであろう。
解題・説明(英語)
来歴 令和2年3月30日に『仲村家文書 附 書籍 板木 印鑑 氏子札 酒造関係等証札類 』として富田林市指定 有形文化財(書跡・典籍・古文書)に指定。
来歴(英語)
所蔵機関 個人所蔵
原資料の所在地
資料番号
管理記号
カテゴリ区分 文書・記録
資料種別 古文書
資料分類(大分類) 富田林市指定文化財 -有形文化財
資料分類(中分類) 書跡・典籍・古文書 -仲村家文書 附 書籍 板木 印鑑 氏子札 酒造関係等証札類
資料分類(小分類)
文化財情報 富田林市指定文化財『仲村家文書 附 書籍 板木 印鑑 氏子札 酒造関係等証札類』
IIIFマニフェストURL
参照データ
関連ページURL 2022 『仲村家文書』富田林市文化財リーフレット3(全国遺跡報告総覧のページに移動します)
関連画像URL
自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件 未定
原資料の利用条件 未定
権利関係・利用条件に関する注記
緯度・経度・高度に関する注記
DOI 10.24484/sitereports.140954
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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