/ 34ページ
画像
画像ビューア
目録ID c_iyoshidankai013
タイトル 松山秘図
タイトル(カナ)
タイトル(ローマ字)
タイトル関連
タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
作成者
作成者(カナ)
作成者(ローマ字)
宛先
宛先(カナ)
宛先(ローマ字)
製作者
製作者(カナ)
製作者(ローマ字)
製作年 〔寛政~文政年間〕
製作年終
数量 1枚
形状 絵図
大きさ 102×90cm
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
収録時間
縮尺
その他の注記
言語
ISBN
ISSN
主題
主題(カナ)
主題(ローマ字)
関連する地域・場所
関連する地域・場所(カナ)
関連する地域・場所(ローマ字)
関連する人物・団体
関連する人物・団体(カナ)
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容細目
内容細目(カナ)
内容細目(ローマ字)
解題・説明 寛政~文政年間頃の松山城下町を描いた絵図を後世に模写したもの。城郭を南から鳥瞰するように描いているが、本丸部分の天守や櫓などの描写は粗い。二の丸、三の丸、西の丸、北の郭については文字で示している。北西部には三津浜街道の出口である三津口に、番所と同心の屋敷がセットで描かれている。以前の絵図には見えた南部の家老下屋敷や花畑がなくなり、町屋が増えるなど南部発展の兆しが見える。本絵図の景観年代は、筆写者が元禄年間とする注記を入れていることから、その前後に想定されてきたが、町奉行所の位置に着目すると、その想定よりはるかに下ることがわかる。本絵図では東町奉行所が現在の大街道と二番町が交わる西角にあるのに対して、西町奉行は旧来からの若草町の敷地にそのまま立地している。新興の「外側分」を東町奉行、「古町」を西町奉行が管轄する新しい町奉行支配の在り方は寛政10(1798)年に始まるが、短命に終わって、文政8(1825)年には東町奉行は再び若草町のもとの場所に戻っている。こうした町奉行所の情報からすると、本絵図は近世後期の城下を示したものと考える方が妥当であろう。 (伊予史談会:井上淳)
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 伊予史談会
原資料の所在地 愛媛県立図書館
資料番号 地図・絵地図33
管理記号
資料種別
資料分類(大分類) 伊予史談会文庫
資料分類(中分類) 絵図
文化財情報
IIIFマニフェストURL
参照データ
関連ページURL
関連画像URL
自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
緯度・経度・高度に関する注記
DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
/ 34ページ