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解題・説明
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延宝5(1677)年に作成された松山城の大絵図を、その後の変化も含めて大幅に改訂した絵図。縮尺約2000分の1。武家屋敷の屋敷割は示されていないが、一戸ごとの門の位置が描かれている。城下は11組に分けられ、71の個別町の範囲が色分けで示されている。松山藩が置いた番所が、周縁部の三津口、木屋町、土橋口、一万口、新立口、立花口の6カ所に見える。城下の南東部に流れる石手川には、立花口に僧堯音が浄財を募って文政2年に完成させた堯音橋(立花橋)、新立口に蓬莱橋(新立橋)の二つの橋が架かっている。
(伊予史談会:井上淳)
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