日本列島北部の動物相が東亜温帯系とシベリア大陸系の両要素によって形成されていることは前述したところであるが、ブラキストンの投じた一石によって、両要素の境界線をめぐる多数の論説が続出した。中でも八田三郎の宗谷海峡説が最も重視されている。
八田三郎はドイツ留学中、「北海道の動物地理」と題する論文を発表(大正2年)し、ブラキストンの哺乳類、鳥類の資料による主張を認めながらも、半島説および境界を論ずるならば、移動の全く困難な、は虫類や両生類の資料に基づくべきであるとして、樺太に分布しているシベリア大陸系のカラフトマムシ、カラフトトカゲ、カラフトヒキガエル、カラフトサンショウウオなどは北海道には産せず、逆に北海道に産するアオダイショウ、マムシ、シマヘビ、トカゲ、カナヘビ、アマガエルなどは樺太に分布せず、しかも、すべて本州との共通種であるという資料により、津軽海峡に比べ宗谷海峡をはるかに重視すべきであると主張した。
更に、八田三郎は、異なる生物群の分布を画一的に取り扱い、1本の海峡にその境界を求めることは無理であるとし、動物全般を見た場合、北海道をシベリア大陸系と本州系の混在地域と考えることが妥当であるとした。この見解は多くの専門家により支持されて今日に至っている。