シーボルト父子

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 幕末に来日したドイツ人の医師フイリップ・フォン・シーボルトは、英文誌『日本』の中で、日本の先住民をアイヌと述べており、彼の次男で日本駐在のオーストリア公使館秘書官であったヘンリー・フォン・シーボルトもまた明治11年の夏、日高の平取などアイヌ部落を調査して、翌年英文誌『日本考古学』と邦文誌『考古略説』を著し、父シーボルトのアイヌ先住民族説を補稿した。この著書は日本考古学の概説ともいうべきもので、日本における考古学研究の必要性を説いている。明治11年という年は、ジョン・ミルンが初めて函館と小樽の石器時代遺跡を調査し、また人類学、先史学の先駆者エドワード・シュベスター・モース貝塚の採集をかねて函館、小樽、札幌、白老などの貝塚アイヌ集落を調べた年でもある。