鶉山道及び軍川近道

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 箱館近郷においては、江差の商人鈴鹿甚右衛門の篤志によって、鶉(うずら)山道(大野越ともいう)が開削されて江差に通ずるようになり、黒松内山道と共に、西蝦夷に赴くために至便になった。また庵原菡斎によって、安政3年藤山・軍川間の近道が開かれ、旧道に比べ、約3里を短縮したので、軍川はもちろん鹿部方面との交通が非常に便利になった。