そこでまず最初に、函館商工会設立直前の明治政府による商工行政の方針と地域商工団体設立の動向について、ごく大づかみに触れておきたい。
近代日本における地域商工団体の起源は、明治11年10月の東京商法会議所の創立を先頭とする全国各地の商法会議所設立の動きであった、といわれる(全国商工会連合会編『商工会九十二年史』)。では、これらの商法会議所はどのような理由によって設立されたのであろうか。
第一の理由は、明治政府の悲願であった条約改正をすみやかに遂行するためには、日本の商工業者の世論を代表する機関が必要である、という対外的なものであった。これに対して、第二の理由は当時の国内情勢に起因していた。即ち、西南戦争終了直後の政府部内が大久保内務卿から伊藤内務卿、大隈大蔵卿らに政権が移行するなかで、従来の保護主義的産業政策を改め、ある程度の自由放任主義を導入するためには、商工業者の協力と団結が何よりも必要だったのである。その際、モデルとして想起されたのが、欧米における商業会議所(chamber of commerce)-それは、任意組織の民間団体であり、商工業者の自発的協力によって自主的に商工業の利益を維持・増進することを目的としていた-であり、政府は、こうした「英米型商業会議所の移植をねらって、主要貿易港と大商業都市に設置する方針」を採用した(同前)。そして第三の理由は、商工業者の側に存在していた。それは、彼らが政府に対して自らの意思や政治的要求を反映させるための団体を必要としていたからである。
以上のような理由のもとに、明治11年以降同14年にかけて全国的に商法会議所が設立され、同15年現在、その数は31か所にも達していた。明治11年から同15年までの間における商法会議所の設立状況は、表6-38のようになっている。なお、明治14年の県認可会議所とは、名古屋、岡山、小松(加賀)の3か所である。
一方、明治14年4月、それまで各省に分散していた農商工業行政を一本化し、それを一体的に運営するための組織として農商務省が新設されたが、この農商務省は「商法会議所及ヒ農工業ニ関スル議会、米商会所、株式取引所ヲ管理ス」(同省職制、第三)ることを目的としていたのである。そして、この目的を実現するために打出されたのが、同年5月の太政官布告第29号による画一的な各府県農商工諮問会の設置構想であった。
しかしこの構想は、それまで政府がその設置を推進してきた商法会議所の存在を「無視」するものであったため(『商工行政史』上巻)、全国的に反対運動が起こった。そこで政府はこの布告を改正のうえ、同16年5月に太政官第13号布達を公布、地域の自主性を前面に押し出しながら、各府県毎に勧業諮問会なるものを設置しようと意図したのである。
これらの布告・布達によって、全国的に商法会議所の解散と新たな商工業者の組織結成という動きがみられたが、「勧業会」に総称されるこれらの組織には、次のような2つの類型があった。「第一は、商工業者が組織したもので名称は商談会、商業会、商工会、商法会議所、商工会議所」であり、「第二は農業者が組織したもので名称は農談会、農業会、勧業会であった」(同前)。
いま、こうした明治10年代から20年代初頭における勧業会組織の設立状況を示せば、表6-39のようになる。みられるように、従来の商法会議所を商工会へ改組したものや、商法会議所の名称をそのまま使用しているものなど、その名称はさまざまであるが、いづれにしても全国的に多数の商工業者の組織が設立されつつあることが明らかであろう。
表6-38 明治10年代における勧業会組織設立状況
年次 | 所在地 |
明治11 | 東京、大阪 |
〃 12 | 長崎、福岡、大津、山梨 |
〃 13 | 横浜、金沢、福井、宮城、松本、飯田、 高松、徳島、撫養、小倉 |
〃 14 | 熊本、松山、三重、新宮、富山、武生、 坂井、大聖寺、金沢連合、 県認可会議所(3か所) |
〃 15 | 和歌山、鹿児島、大野 |
全国商工会連合会『商工会九十二年史』より引用.
表6-39 勧業会設立の年次的推移
年次 | 所在地 |
明治16 | 東京○ |
〃 17 | 秋田、銚子×、勝山、堺 |
〃 18 | 名古屋○、京都、大津○、伊丹、 東飾郡×(播磨)、尼崎、明石×、赤間関、 長崎○、熊本○ |
〃 19 | 前橋、美川、松任、金石△、福井○、 田原△、四日市、高松○、内子(伊予) |
〃 20 | 石巻、高崎、高岡、金沢○、大垣、岐阜、 笠松、神戸×、洲本 |
〃 21 | 長岡、上田、伏木、敦賀、北万、八幡(近江)、 彦根、杵築 |
〃 22 | 札幌、小樽、函館、長野、寺庄(近江)、 下田(近江)、三雲(近江)、岩根(近江) |
全国商工会連合会『商工会九十二年史』より.
(注)無印は商工会
○印は商法会議所から改組した商工会
×印は商法会議所
△印は商談会