函館米穀塩海産物株式取引所の展開と経緯

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 函館米穀塩海産物取引所は、かかる設立準備過程を経て、明治27年7月5日、市内大町に開所している。当取引所はその名に示されるように米、塩、海産物、株式を上場商品とした商品(先物)取引所であるが、実態は米の先物取引(定期米)を主体とした米穀取引所であった。また取引所の形態は株式会社組織で、資本金は10万円(翌28年に6万円に減資)であった。
 当初の陣容は理事長以下理事3名、監事役3名、仲買人14名からなり、初代理事長には小川為次郎が、また理事には小川の他に相馬理三郎、和田惟一の2氏、さらに監事役には平出喜三郎、伊予田徳次郎、種田直右衛門の3氏がそれぞれ就任している。その多くは米穀組合の関係者であるが、理事長の小川は東京から招聘した人物である。同氏はもともと東京米商会所の肝煎であり、欧米の商品取引所の事情にも通じ、また取引所法の制定にも業界サイドから関与してきた当該業界の有力な指導者のひとりであったと目される人物である。そうした事情から当取引所の創立に当たって創立発起人会から創立顧問として招聘されたものと思われ、特に設立認可等に係る主務官庁との折衝役として重要な役割を任されている。そして創立後も地元で商品取引及び取引所の実務に通じた人材が確保できないこともあって初代の理事長として引き続いて取引所の運営に携わることになったものと思われる。ただし理事長の在任期間はわずか1年半と短かった。役員の変遷については表6-44のとおりである。
 当取引所は通算して8年存在したが、そのなかで運営が比較的順調に推移したのは始めのわずか1年間弱に過ぎず、残る大半が不振とトラブルの連続であったといっても言い過ぎではない(表6-45)。
 
 表6-44 函館取引所の役員変遷
年次
明治26年
 
明治29年
(1月9日~)
明治30年
(~10月5日)
明治30年
(10月5日~)
明治35年
(1月18日~)
明治35年
(5月17日~)
理事
○小川為次郎
 相馬理三郎
 和田惟一
 小川為次郎
○相馬理三郎
 広谷源治
辻快三
相馬理三郎
脇坂平吉
能登善吉
岩鼻敏
木下善一郎
○岩鼻敏
 相馬理三郎
 辻快三
和田惟一
相馬理三郎
辻快三
監査役
 平出喜三郎 
 伊予田徳次郎
 種田直右衛門
 金沢彦作
 太刀川善吉
 
金沢彦作
太刀川善吉
 
相馬哲平
石坂嘉蔵
 
 山本巳之助
 松橋象作
 
山本巳之助
松橋象作
 

 出典:明治26年-『函館実業者便覧』、明治29~35年-「小樽新聞」より作成.
 ○は理事長
 
 表6-45 取引所の組織・収支・取引売買高推移
年次
 
役員
株主
資本金
収支決算
取引
売買高
理事
(理事長)
監査役
収入金
支出金
純益金
 
明治27
 
上半期
下半期
年計
 
3
3
 
1
1
 
3
3
 
14
14
 

100,000
100,000


 


 


3,110
3,110

 
 
5,046,728
28
上半期
下半期
年計
3
3
1
1
3
3
11
8
 
 
332
100,000
60,000
 
3,895
 
5,421
2,154
△1,526
628
 
 
6,384,299
29
上半期
下半期
年計
 
 
3
 
 
1
 
 
2
 
 
8
 
 
270
60,000
60,000
 
 
 
 
 
1,725,377
30
上半期
下半期
年計
 
 
 
 
 
8
 
 
197
60,000
60,000
6,875
4,213
11,088
4,630
4,283
8,913
2,245
△70
2,175
 
 
2,896,026
31
上半期
下半期
年計
 
 
 
 
 
27
 
 
191
60,000
60,000
6,445
1,788
8,233
6,224
3,492
9,716
221
△1,704
△1,483
 
 
1,431,872
32
上半期
下半期
年計
 
 
 
 
 
7
 
 
171
60,000
60,000
 
 
 
 
 
1,985,818
33
上半期
下半期
年計
 
 
 
 
 
8
 
 
168
60,000
60,000
 
 
12,377
 
 
16,718
 
 
△4,341
 
 
5,243,883
34
上半期
下半期
年計
 
 
 
 
 
8
 
 
 
 
 
 
△1,113
 

 出典:各年『北海道庁統計書』および「小樽新聞」より作成.
 
 初年度は7月開所のため下半期だけであったが、504万円という好実績をあげ幸先の良いスタートを切っているが、しかし内実としては米を除くと塩が若干目立つ程度でそれ以外の上場品の取引がほぼ不成立に終わっており、当初の目論見通りに進んでいないことが示される。そのことは当取引所そのものが本来米穀取引所として設立されたことにも関わっていると思われるが、結果的にも定期米中心の取引所と成らざるを得なかったということであろう。なお、明治30年に株式が追加上場されているが、これも上場早々に投機事件に巻き込まれ事実上失敗に終わっている。さらに取引の主力になった定期米取引においても開所1年に満たない明治28年5月に立会停止・新規取引中止といった極めて重大な局面にたたされている。かかる事態は函館経済界の重鎮・相馬哲平の仲介によって解合(とけあい)という形で収拾が図られているが、取引そのものは萎縮したまま以後回復せず長期に亙る不振が続いていくことになるのである。それに伴って定期米の取引高は28年度の76万4000石から翌29年度の7万3000石と10分の1の水準まで一挙に縮小している。その後も明治30年代前半における不景気も加わって低迷状態が続き、明治34年に一時的ながら取引高の増加が見られるが、結果としては暴騰、それに続く暴落によって大きな痛手を被ってむしろ不振傾向に拍車をかける形で取引所の衰退をより決定づけるものとして働いている(表6-46)。
 こうした当取引所における定期米取引の不振の要因としては種々指摘されるが、基本的に定期米取引のありかたそのものに内在していたと考えることができる。それは当取引所に限らず地方の取引所一般がそうであったように、そこでの定期米取引が東京、大阪堂島の米穀取引所の相場を基準とした、いわゆる基準張りという賭博的傾向を帯びたものであったからであり。すなわち、それが当地の正米(現物)取引と関わって成立したものでなかったこと、また当取引所が当地の米穀流通における保険機関としての機能を果たしていなかったこと、ひいては、その設立そのものが必ずしも必然性を持ったものでなかったことを物語っている。まさに明治28年の立会停止の事態はそうした内実を露呈させたものと見ることができる。つまり、その引き金となったのが東京米穀取引所における仕手戦による東阪期米の暴落であったからである。また、その後の長期不振についても一面で定期米取引、取引所の必要性あるいは必然性に対する地域の拒否の結果と見ることができるからである。つまるところ当該取引所が当初期待された公共的取引所に成りえなかったと言うことであろうか。また、そうした取引所の性格とも関わって取引所周辺にはノミ屋や合百屋(ごうひゃくや)などが横行し、空米(からまい)相場と称するノミ行為や合百と称する米相場に類似した賭博行為などの、いわゆる場外取引(賭博)が行われていたのである。特に前者は証拠金が取引所を介在する場合より安いこともあって取引所の定期米取引の不振の重要な要因ともなっていたと言われるものである。
 こうした取引所の不振に対して活性化のための各種の対応努力がなされているが、しかしそれらはいずれも効をなさないまま最終的に解散に追い込まれている。その直接のきっかけとなったのが不良取引所の撲滅のための最低資本金の引き上げを旨とした明治35年の取引所法施行規則改正であるが、当取引所はそうした増資の負担に耐えれなかったことに加えて取引所の財政そのものも累積した欠損や所有公債の暴落による評価損失などによって破綻を来しつつあったことも解散を決意させた重要な要因であったとして指摘される。
 函館取引所は、明治35年7月に任意解散の申請をなして、同8月に農商務大臣の認可を受け8年の歴史に幕を降ろして解散している。
 
 表6-46 取引所における商品別取引実績推移
商品別明治27年明治28年明治29年明治30年明治31年明治32年明治33年明治34年
6042205025970764120638342972905172537776730937516836901123306183170194390648564052395212640502943989
551501835422008702140020616610055751380070261200900
〆粕2502064
鰊魚油100340
整理公債1196
軍事公債5492
函館区水道増設公債証2198
第百十三国立銀行株式177392384221
函館銀行株式3471117563277761967952298
函館貯蓄銀行株式6811
帝国商業銀行株式22648
炭礦鉄道株式*9,618*878,596
61352125
製麻株式231188
日本鉄道株式8785
日本郵船株式96973063
函館汽船株式16817
帝国水産株式12210
北海道共同株式12580
函館馬車鉄道株式12242548911256263811267111094196
函館取引所株式10507745895125538204785156041623168
5046728638429917253772896026143167219858185243883

 出典:『北海道庁統計総覧』および各年『北海道庁統計書』より作成.
 単位:数量は米から錬魚油まで石、公債類は枚、株式会社類は株、金額はいずれも円.
   *は直取引高.