明治四十四年からの発見

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 サイベ沢遺跡は北海道における円筒土器の代表的な遺跡であるといわれるほど有名になったが、その遺跡面積においても東北、北海道に類例がないほど広大なものである。サイベ沢とは桔梗台地にある沢の名称で、初めは桔梗野と呼ばれていた。
 この遺跡の存在が知られたのは、明治四十四年ころからである。馬場脩、守護台胤、浅野正らは函館の尻沢部(現住吉町)、湯川などの遺跡を探究し、明治四十四年六月に馬場脩が打製石斧を市立函館図書館に寄贈している。このころから「桔梗野サイベ沢」あるいは「桔梗野」と呼んでおり、この沢のがけから石器や土器が数多く出土していた。沢を流れる小川が増水してがけを崩し、遺物包含層から押し流された遺物は付近一帯に敷き詰めたように散乱していた。土器の文様はいかにも縄文土器らしく、縄目の装飾文があでやかで、器形も変化に富み、大形なのが特徴である。桔梗野とはこの一帯の台地がキキョウの多い放牧場であったころの名称であるが、土器や石器はサイベ沢だけでなく、この台地の至る所から出土し、耕作で表土が除かれると土器や石器が敷かれたような状態で出土した。