明治二十九年渡島地方調査

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 明治初期の小作制度については現在資料が乏しくその様子を明らかにすることができない。しかし、時代は下がるが、主として明治二十九年九月、北海道庁殖民課事業手高畑冝一の調査および『渡島国状況報文―亀田村外六村―』に基づき、亀田地域の小作制度について記すこととする。高畑の『渡島地方調査』より抜粋すると、
 
小作部
  (一)渡島国亀田郡亀田村小作状況

[自作・小作率]

    第一 契 約
契約証書  小作人ヨリ地主ニ証書ヲ出スヲ常トシ、当事者各一通ヲ調製シ保有スル例稀有ナリ。又単ニ口約ニ止マリ契約ナキ場合アレド、本村ノ地主多クハ函館区内ニ住居ヲ定メ、常ニ小作人ノ挙動ヲ識ル能ハサルヲ以テ契約証書ノ成立他村ニ比較シ多シ。
保証 人金 件  地主ガ小作人ヨリ容レシムル契約書ハ普通保証人一名ナリ。若シ一人ノ所有地ヲ数人ノ小作人借地スル場合ニハ連帯ノ責務ヲ負フヲ常トス。然レ共保証金ヲ出ス例絶テ無シ。
又小作  此例ナキニ非サルモ少ナシ。多クハ地主ノ承諾ヲ要スル条件証書ニ記入ス。而シテ地主又小作ヲ黙諾スル時ハ転貸者ハ小作料ヲ高ム。蓋シ地主貸与地ニ居住セス、常ニ小作人ヲ接視スル能ハスシテ転貸者ヲ信スル場合ニ行ハルヽカ如シ。
小作株  又小作ノ場合ニ小作株ヲ売買スル事皆無ナリ。又、新小作人ト交代スル場合ニ於テモ亦然リ。然レトモ新小作人ハ前小作人カ建設セシ家屋、物置等ヲ購入シ、往々実価ヨリ高価ニ購入スル場合アルヲ以テ小作株売買ノ性質ヲ含蓄スルカ如シ。要スルニ此場合稀有ニシテ明カニ小作株ト唱ヘ、之ヲ売買セス、又是等ニ関スル条件ヲ契約書ニ記載セシ例ナシ。
年期及継廃通知期  年期ハ三年乃至五年ヲ普通ノ例トス、又口約ニ止マリ、年期ヲ定メサルモノアリ、年期ヲ定メサルハ小作人ヲ信用スルニ因ル故ニ初期契約ノ后再ヒ改約スヘキ時ヨリ契約書ナキニ至ル。然レトモ悉ク然ルニ非ス、継廃通知期ハ本村ニ於テ一条件トシテ証書ニ記入セシ例ナシ。
作地反別  一戸ノ小作人カ借地スル反別ハ数反歩ヨリ五六町歩ノ間ニアリ。土地肥沃ナル蔬菜畑ハ一町歩内外ヨリ二町歩迄ニシテ、筆数二筆ナルアリ一筆ナルアリ五、六町歩ヲ外ヲ借地スル者ハ泥炭地ニシテ、大、小豆其他ノ雑穀、馬鈴薯及野菜ヲ耕作ス。蓋シ泥炭地ハ耕作容易ナルト一反歩ノ収獲菜園肥地ニ比シ少量ナレハ勢ヒ借地面積ヲ多ク要スルニ因ル。
 
    第二 小作料
一反歩小作料  地味最モ肥沃ナル蔬菜地三円ヲ最高トシ七十銭ヲ最下トス。普通一円五十銭乃至二円ナリ。又泥炭地ハ四十銭ヨリ六十銭ノ間トス。一例ニ拠レハ地価ノ騰貴及地租ノ増税セシ場合ニハ地主ハ任意ニ小作料ヲ高ムル権利ヲ有スル条件ヲ明記セシモノアリ。
小作料改約期  契約書ニ改約期ヲ明記スルモノ甚タ少ナシ。一例ニ依レハ十二月ト定メタルモノアリ。
生産額及土地売買価格ト小作料トノ比準
 本村内ニ函樽鉄道及馬車鉄道早晩通スヘク、且ツ札幌ニ於ケル豊平村ノ如ク村内ノ幾部分ハ函館市街ト接シ、家屋櫛比シ、本村ハ区内ニ編入ノ巷説アルヲ以テ、売買価格頓ニ昴騰シ、枢要ナル位置ハ一坪一円五十銭ヨリ二円五十銭ナリ。則チ一反歩四百五十円ヨリ七百五十円ニシテ、畑地ノ実価ニ非ラス、故ニ畑地トシテ売買ノ価格ヲ掲ケタリ。

[小作関係]

小作料納期及納所  十一月中旬ヨリ十二月下旬ヲ普通ノ納期トス。又「アーリーローズ」〔早熟馬鈴薯〕及蔬菜ヲ耕作スル者ハ七月下旬及十一月下旬ノ二期ニ切半シ納期ヲ契約ニ明記スル例多シ、納所ハ地主ノ住所ニ送附スルノ義務ヲ小作人負フモ、契約書ニ之ヲ明記スル例絶テナシ。
小作料ノ滞納及減免  滞納ノ場合ニハ単ニ保証人又ハ連帯責任者之ヲ弁償スル旨明記スルニ止マルアリ、又仝時ニ借地権消滅スベシト記入セル例アリ。蓋シ凶、不作ニ際スレハ泥炭地ハ減免シ、野菜畑ハ減免セサル傾向アリ。
 地主借地ニ樹木ヲ栽植スル時ハ、之レカ保護ヲ小作人ニ負担セシメ、栽培地ノ小作料減免ス。又、地主ニ拠リ道路地ヲ減免スルモノアリ。
 
    第三 制 限
肥料及作物  ニ対シ契約条件トシテ制限ヲ加フル例皆無ナリ。又、口約ニモ此等ノ約定ヲナサス、要スルニ野菜畑小作人ハ施肥ヲ怠ラスト雖トモ泥炭地ニ於テハ数町歩内外ヲ耕作スルニヨリ肥料ノ準備全カラス、故ニ之レカ制裁ヲ加フル必要アリ。
樹木  地主樹木ヲ栽植セシ時ハ之レカ培養ヲ小作人負担シ、若シ盗伐者アル時小作人弁償スベシト契約セシ例アリ。
       (中略)
 
    第六 公 費
地主ノ負担  地租ハ地主之レヲ納ムルヲ一班ノ習慣トス然レトモ契約書ニ記入セサルモノ多シ。
小作人ノ負担  町村費ハ小作人之ヲ納ムルヲ一班ノ習慣トス。然レトモ契約書ニ明記セシ例ナキハ地主負担ノ地租ト仝一ナリ。
 
    第七 小作人ノ生計
 蔬菜ヲ耕作スル小作人一町内外ヲ借地シ、一ケ年ニ要スル支払総金額百二、三十円ヲ要ス。之ヲ要スルニ、本村ハ函館消防組ヨリ人糞ヲ購入スルニヨリ、他村ニ比シ多額ヲ要シ、泥炭地小作人ハ三町歩ヲ耕作シ百円内外ヲ要ス。
 然レトモ耕作反別ノ多寡、生計ノ程度、耕作物ノ種類ニ依リ差等アルヲ以テ概言シ難シ。
 
    第八 自作ト小作ノ割合
 二町歩内外ノ自作農民ナキニ非ス、然レトモ函館商人ノ所有ニ帰スルモノ増加シ、随テ小作地多シ。
 
           □  畑地借用証書
                     亀田郡亀田村五稜廓通十八番地
一 畑地壱町五反壱畝弐拾九歩
   外ニ弐反壱畝弐拾参歩
    此坪五千弐百拾弐坪也
右ノ畑地借用仕候處確実也。借賃之儀ハ壱ケ年ニ付キ金弐拾円ニ定メ、此賃金支払ノ儀ハ当明治廿八年十一月十五日限リ屹度相納可申候。其際借主ニ於テ延滞ニ及候節ハ保証人ヨリ速ニ弁納可仕候。且ツ畑地明ケ渡之儀ハ当明治廿八年十二月限リ無異論明ケ渡可申候。猶又畑地借受限内土堤其他囲等ニ関スル必費ハ総テ耕作人ニ於テ悉皆負担致シ、貴殿ヘ聊カ御迷惑相掛ケ申間敷候。後日為念畑地借用証如件。
   明治廿八年一月
                         亀田村十八番地
                      本人 滝 花 茂左衛門 ㊞
                     東川町百二番地
                      受人 池 畑 新太郎  ㊞
      大村虎次郎
            殿
      佐々市三郎
 
           □ 借地証書
                渡島国亀田郡亀田村字札幌通り三十六番地
一 畑弐町弐反四畝拾参歩 壱ケ所
   此畑賃壱ケ年金参拾円也
右ハ貴殿御所有之地所今般借用仕候ニ付、書載之地賃毎年新暦十一月二十日限リ聊無相違相納候御約定仕候。
一 地賃ニ付借地年限中本人他行不在等之節ハ都テ保証人ニ於テ弁償仕候御約定仕候。
一 借地期限ハ明治廿九年一月ヨリ仝三十三年十二月限リ満五ケ年限リニ付、耕作物等種物ニ至ル迄其手配仕候ニ付、決テ違約不仕、速ニ御返地仕候。万一翌年ニ至リ該地所ニ所在有之候物品ハ都テ貴殿御所有ト相定候ニ付、御勝手ニ相成候共少モ違論不仕候御約定仕候。
  右之通リ借地御約定仕候處相違無御座候也。
    明治廿八年十二月廿日
                     右同所居住
                      借地人 中 村 留 作 ㊞
                     亀田村字田家
                      保証人 吉 村 松太郎 ㊞
      地主 佐 野 定 七 殿
 
 というような状況であった。