桔梗村は安政年間、東本願寺によって開拓されたが、『桔梗村五人組書上』(宝皇寺所蔵、昭和二十三年の火災により焼失)によってもわかるとおり、隣保組織であり、警察、治安、徴税などを行い、為政者の利用面と自治的な面もあったものと考えられる。箱館の『五人組帳申合の事』(函館市立図書館蔵)を見ても、能筆でその箇条には、倫理道徳実践治安の要目をあげてあり、毎年正月、村年寄、名主、組頭より百姓に読み聞かせ実践に資するとともに、寺子屋で習字の手本にも用いるところもあり、教科書的な役目を果したものという(『近世社会教育史の研究―石川謙―』。これは道徳規範を各戸ごとに徹底させる役割を担ったものと思う。