この松前神楽が神官によって継承され、現在まで道南の神社の祭典に於いて行われているのである。松前神楽は太鼓(小太鼓を含む)笛(雅楽用の竜笛)手拍子(鉄の小円盤二ケを合わせたもの)の三種の楽器を奏し、これに神歌が加わり、その楽に合わせて舞を舞うのである。舞の種類は榊舞(さかきまい)、福田舞(ふくだまい)、山神(さんじん)、四箇散米(しかさご)、二羽散米(にわさご)、神遊(かみあそび)、千歳(せんざい)、翁(おきな)、三番叟(さんばそう)、獅子舞、注連払(しめはらえ)があり、この外少女の舞う鈴上舞、少年の舞う荒馬(松前遊(しょうぜんあそび))などがある。
戸井町の六社の祭典には、奉仕する神官の人数の関係で四人で舞う四箇散米(しかさご)は行われないし、鈴上舞や荒馬も奉仕する少年少女が居ないために行われない。六社の宵宮祭や本祭で行われる舞は次の通りである。正式には注連払(しめはら)いの舞は最後に行うものだが、獅子舞の十二手は青年が縫いぐるみの中にはいり、神社外に出るため、注連払(しめはら)いの前に行う習慣になっている。当町の六社で行う舞を順序に従って解説して見たい。
松前神楽(翁(おきな))
1 舞 の 種 類
(1)榊 舞(さかきまい)(幣帛舞(へいはくまい))
正神主が行う。榊の大きな串を持って舞う。
(2)福田舞
榊舞に次ぐ舞で、小さな幣を両手に持って舞う。
(3)山 神(さんじん)(やまのかみともいう)
海鳥の真似をして山神に見せる舞。指の組み方に法がある。
(4)二羽散米(にわさご)(庭散米(にはわご)、鳥名子(とりなこ)舞)
雞冠をかぶった雌雄の雞の舞。鈴、扇、米のはいった折敷(おしき)を持って舞う。
(5)神 遊(古くは天王遊と称した)
弓矢を持った二人の武神の舞。一人は矢を二本もち、もう一人は三本持つ。
(6)千 歳(せんざい)
翁の面箱を捧げて舞う素面の舞。
(7)翁(おきな)
翁の白面をつけ、中啓を持って舞う。宗家の当主が舞うものとされている。
(8)三 番(さんば)(三番叟(さんばそう)、三番神(さんばしん))
黒の面をつけ十二鈴と白扇をもって舞う。
(9)獅子五方
獅子頭をもって舞う。頭と尾取りの二人舞、尾取りは大てい氏子が奉仕する。
(10)獅子十二手(中まわし)
獅子の縫いぐるみの中に、三、四人の青年がはいり、竹割りささら(・・・)とぼんてん(・・・・)を持った天狗面の猿田彦と獅子がたわむれ遊ぶ舞。
(11)注連払(しめはら)い(注連切(しめき)りともいう)
舞台四方に張った注連(しめ)を日本刀で切る舞。注連縄には白扇がついている。戸井六社の注連切刀は昭和三十年九月に戸井在住の刀工芳賀国賀(くによし)が鍛造研磨して奉納したものである。
注連払いは前述の通り、獅子十二手の前に行われる。
2 各舞の概要とその意味するもの(佐々木一貫の答書の要約)
(1)榊 舞(幣帛舞)
幣帛に榊葉をさしはさんだ幣をもち、右手に鈴を持ち、その鈴をふり、神歌を歌いながら舞う。舞の意味は「この家は玉垣のうちの神聖な宮居なので、神々天下りたまえよ」と祝す姿をあらわしている。
(2)福田舞
小さな幣を両手に持ち、四方を打払い、旱害(かんがい)を除き、五穀豊饒(ごこくほうじょう)を祝す形を表わしている。
(3)山 神(さんじん)(やまのかみ)
左右の人さし指及中指を紙よりで結び、四垂れの幣二本を腰に挟み、舞中頃に腰の幣をとって舞う。海鳥の真似をして山神に捧げる舞。
(4)二羽散米(にはさご)(鳥名子舞(とりなこまい))
二人の舞人が雞の雌雄を形づくった冠を頭にかぶり、各々鈴と扇と米を入れた折敷をもって舞う。雌雄まぐわいの姿、夫婦むつび親しむ姿あり、時々折敷の米をまき散らすので二羽散米(にわさご)の名がついた。雞は世の始の鳥であり、地をふみかためた鳥として瑞鳥(ずいちょう)と言われてきた。
この瑞鳥が米をまき散らすことは、日本は瑞穂(みずほ)の国として米を第一の宝として祝う意味を含めている。扇は親骨二本に子骨数本を一つの要(かなめ)にまとめ、末広く栄える姿をあらわしている。
(5)神 遊
弓矢を持った二人の武神が舞う。天下に横わる暴逆無道な者を打ち平らげ、太平に治まり栄えることを表わしている。矢を二本持った者は二回打ち終れば退く。
(6)千 歳(せんざい)
幾百歳の老翁が時の天皇より長寿を祝う目出度文(めでたぶみ)のはいった玉手箱を賜わり、悦びのあまり隅々、中央の地を踏みしずめ、扇を仰いで舞う様は老翁と見えないというところを舞うもので、長寿を祝う舞である。(素面の舞)
(7)翁(おきな)
幾百歳の老翁だが、からだが丈夫で、心軽く、柔和な笑を含んだ顔は、老人とは思われない形を象徴し、高位に登った姿で、狩衣の袖と末広とで舞うもので、舞中に諸人の願を言葉に表わして祈り願うところがあり、最も目出度い舞とされている。
(8)三 番(さんば)(三番叟(さんばそう))
背低く顔色の黒い翁だが、子孫が多く又子孫に才智のすぐれた者が多く、翁自身が長寿であることを喜び、扇と鈴をもって顔をかくし腰をかがめ四方の地をふみしめ、又腰を伸し、健やかに舞い遊ぶ姿を象徴している。長寿で子孫繁昌を祝う舞である。
(9)獅子舞及猿田彦舞
獅子は獅子頭をかぶり、猿田彦は天狗の面をつけ共にたわむれ狂う舞である。
神代の昔、天神は猛獣をも子犬のように手なずけ、猿田彦のような勇猛な者をも天神の徳化によって和らげ、如何なる邪神も心和らぎ、笑って神の心になびくということを象徴している。
昔福山城下では春神楽と称して、要魔祓(あくまはらえ)のため毎年、獅子舞を行ったという。
(10)注連切(しめきり)
本物の日本刀を腰にし、しばらく扇だけで舞い、後抜刀して四方を払い、しめ繩を切る。四方の悪魔を切り払い、武徳を示す勇壮な舞である。
松前神楽は永い歳月の間に、系統の異なるものが混合して独特なものとして発展して来たものである。即ち千歳(せんざい)、翁(おきな)、三番叟(さんばそう)のようなものは能楽系統、二羽散米(にわさご)(鳥名子舞(とりなこまい))のようなものは舞楽(ぶがく)系統、獅子舞は伎楽(ぎがく)系統のもので、これらのものが渾然(こんぜん)一体となったものである。
神楽の面
3 松前神楽の神歌 (意味不明の歌詞が若干ある。)
(1)幣帛舞(榊舞(さかきまい))
まさきに白ゆふかけて打ち払う これぞ神代のしるしならん
○白妙の豊幣帛をとりたたえ しずめ奉る神のみこころ
○幣帛は我にはあらず天に座(いま)す 豊岡姫の神のみてぐら
(2)二羽散米(にはさご)(鳥名子舞(とりなこまい))
○二羽の鳥いかなる神の使いにて 豊葦原をふみはじむらん
○鈴ふればみ声も声も玉とかや 荒ぶる神の社なるもの
○舞まわば舞こそまえややわらかに とび行く鳥の羽尾やよしのに
○早夜(さよ)ふけて向の岸を見渡せば 神の御舟はのぼりてぞ行く
○帆かけ舟神の社にあらねども 波の白ゆふたちて見えける
○扇の手千たびあふまで拝むには 面白しとや神もうけなん
○入りまさば早入りませやさわりなく
さわらぬはしに障るくまなし
○よろこびになおよろこびを重ねれば
今日のよろこび殊にめでたし
(3)千 歳
○千歳とうかたじけなくも喜びといえるふみおえて
すなわちしょちにうたいてん
(4)翁
○舞人(ようたの松か住吉の松かなるや滝の水)
楽人(日は輝(て)るとも常にたえせんなるや滝の水)
○舞人(たうたうたらり やらりとう)
楽人(しょうじょうや内しょうの翁という翁やさきに生れ出て、いざさら出でて、年くらべせんや、姫子松老楽は喜にかえるやとなる出世の和合)
○舞人(天照座す日の大神の教を惜ませ給う)
楽人(しよきんの面を顔にあて、狩衣の袖をひるかえし、ふりもどしいとかなで舞うたりや、舞うたりや、舞うたるためしのうれしさに)
○舞人(千秋万歳の万歳の)
楽人(お祝の舞なれば上には天長地久ごまん円満息さい延命たうようしょりやくしつせと祈り申すもただこの君を百代千代御万歳か世の間仰ぎ奉る)
(5)三 番(さんば)(三番叟(さんばそう)、三番神)
○吉能(よしの)の吉能の日は輝るとも常にたえせんや滝の水
○鶴と亀はたわむれ幸い こなたに舞いあそぶらん
(6)山 神(さんじん)(山祗)
○奥山やとやま(・・・)がさきの榊葉を いざさら出でて遊ばんや遊ばんや
(7)神 遊(元の名天王遊)
○天皇の坐す道にあやをはり にしきを添えて仕え奉らん
○鈴ふれば御声も声も玉とかや荒ぶる神の社なるもの
○はありとう はありとう はありらりとう はありとう
○八雲立つ出雲八重垣つまごみに 八重垣つくるその八重垣を
○はありとう はありとう はありらりとう はありとう