明治四十年

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・一月二十一日 東京株式市場大暴落。
・三月二十一日 小学校令改正され義務教育四年から六年に改正される。(明治四十一年四月一日から施行)
・三月 椴法華村巡査駐在所開設。
 従来の警察駐在所は警察官が常駐しているのではなく、戸井分署より定期的に来村するか、事件発生又は調査上必要な時のみ来村する方法であったが、この時から常駐するようになったものである。
・五月五日 石川啄木、岩手県渋民村より函館に来る。八月二十五日函館区大火のため九月札幌に移り、同月更に小樽に移る。
・七月一日 北海道鉄道、函館・小樽間を鉄道国有法により政府に買収される。
・七月二十八日 日露漁業協約調印。
 この年露国との漁業協約がないまま、露領カムチャッカに鮭鱒を求めて出漁する。その後七月二十八日に日露漁業協約調印、七月三十日第一回日露協約調印が行われ、日本海・オホーツク海・べーリング海の露領沿岸における日本人の漁業が許容され、以後北洋漁業が盛んになる。
・この年、椴法華村の鰮豊漁。
・この年あたりより、椴法華村の鮪漁次第に不漁になりはじめる。
・この年、浄土宗説教所(現在光円寺)本堂落成する。
・この年、アメリカの恐慌や戦後の不景気が重なり、次第に国内の経済状態が悪化していく傾向が見えはじめる。
・この年あたりより、椴法華村において人口・戸数の増加が起きはじめる。明治三十六年から三十八年にかけて、入稼者の減少・硫黄採掘人夫の他地方への移動等により、一時的に人口が減少したことがあったが、戦争の終了と入稼者の増加及び人口の自然増により人口が増加したものである。

椴法華の戸数と人口(明治30年以外はすべて12月31日未の統計)

・この年、『ああ金の世』・『ああわからない』・『増税節』等の歌が流行する。