外国船と椴法華の鱈

565 ~ 566 / 1354ページ
 明治初期の椴法華産の鱈に関する資料は、まとまったものがなく、非常に少ないが、当時を知る手がかりとしていくつかの資料を記することにする。
 「ジョン・ウィルの回想記」当作守夫訳(ジョンウィルはこの時、ブラキストン所有のカンカイ号船長)によれば、明治三年二月頃の記事として次のように記している。
 
   非常に大量の鱈が海峡の沿岸に群来していたので、私達はいくらか底荷を積んで、海峡に面する数ヶ村に行き、横浜に持って行く鱈を積込んだ。以前にとって塩漬けにされた若干の魚は海岸から船に積込み、ホールド(船倉)で塩漬けにされた生魚は、ボートを舷側につけて積込んだ、恵山岬の北にある椴法華の村で、私達は大部分の荷を積み終えると横浜に向けて出帆した。