(昭和十三年六月、函館日日新聞、霊峰恵山への記事より略記)
霊峰恵山へ
第一日曜の朝は黒ずむまでに澄みきった碧空である。八時下海岸自動車に乗る。戸井迄一時間二十分、渺茫たる津軽海峡の波静かに足下の岸を洗ふ。下北半島は幽かに夏の姿を海洋に浮べてゐる。朝なれども初夏ともなれば照る陽は徐ろに車窓を射て何となく汗っぽい感じだ。北方の国防線戸井要塞の山々は草木の緑で新装を凝らしてゐる。躑躅(つつじ)は至る所に咲いて行客の眼を楽しませる。原木と日浦の間にかかれば段丘が盡きてそろそろ安山岩が海岸に迫っている。其の絶壁となって海に盡きる所は数多のトンネルとなって明媚な風光に更に光彩を添えてゐる。要塞地帯でなかったら此の絵のやうな風光を早速カメラに収めるところだらうに………。日浦の稲荷さんが鬱蒼(うっそう)たる緑林に赤い屋根を見せてゐるのは荘厳と云ふよりも寧ろ晴々しい気分だ。
元此の地方は峻険な山路を草(わらじ)履きで上下したのだが昭和六年に準地方費道が開通してからはバスで難なく往復出来るやうになった。文明の恵澤には心から感謝せざるを得ない。椴法華行のバスは古武井から海向山を迂回して椴法華に行くのである。
午後一時椴法華を出発する。バスは緑林の間を縫って緩やかな坂道を海向山の裏に廻る。溌刺たる新緑の香が大気に和して清新の気が溢れる。椴法華から見る恵山は大沼から見る駒ケ嶽で、尻岸内方面は鹿部と云ひたい位置にある。バスは山麓を迂回して尻岸内村役場の所在地古武井に着いた。函館に着いたのは午後五時であった。