昭和四十五年の集団赤痢

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 昭和四十年の赤痢発生以後数年間は伝染病さわぎがおさまり、他町村との共同による、屎尿処理計画が検討され具体化されようとしていた矢先の、昭和四十五年八月、明治十三年椴法華村が一村独立してから初めてといわれる大集団赤痢が発生した。
 次に当時の役場資料、その他を参考として赤痢発生の様子を記すことにする。
 
 昭和四十五年恐怖の赤痢発生
 発生から終息まで
      (役場赤痢関係資料より要約)
  八月十八日(火)  保育所園児三十九名の定期検便実施
  八月二十二日(金) 渡島保健所より男子一名赤痢菌(D群一相)保菌者との連絡あり、患者発生宅を消毒、患者を函館市立隔離病舎へ収容、渡島保健所直ちに保育園児五十三名保母二名及び患者家族五名の検便を実施
  八月二十三日(日) 渡島保健所へ保育所関係の検便を届ける。
  八月二十四日(月) 保育園児二名及び患者宅より一名の保菌者判明、直ちに患者宅及び保育園々舎を消毒、保菌者三名を函館市隔離病舎へ収容
  八月二十五日(火) 赤痢患者累計五名、下痢症状の者及び患者関係者の検便実施、この日小学校全校舎及び患者宅及び周辺を消毒、赤痢に関するチラシを作成し村内全戸に配付、有線放送にて伝染病予防の協力を求める。
  八月二十六日(火) 赤痢対策本部設置(本部長・村長・副本部長、・助役)この日保菌者十一名判明(保菌者累計十六名)小学校教室及び患者宅とその周辺を消毒する。
  八月二十七日(木) この日より小中学校臨時休校となる。全村消毒実施、日赤奉仕団の協力要請
  八月二十八日(金) この日十九名の保菌者判明、富浦以外の全地域集便をする。日赤奉仕団二十八名これに協力、漁協生イカの出荷を見合わせる。患者宅十六戸の室内消毒
           日赤看護婦二名派遣要請
  八月二十九日(土) 小学校、水無部落、消毒、伊達日赤病院より看護婦二名派遣される、十六名の保菌者判明、臨時隔離所の青年研修所五十四名の収容患者となり本日より小学校を臨時隔離病舎とする。有線放送により赤痢発生状況、諸注意を放送する。この日尻岸内中学校へも伝染の心配あり検便が実施される。
  八月三十日(日)  この日より沖止め開始、患者発生宅五十二戸及び小学校便所を消毒する。希望者へ消毒薬配布、発生状況を有線放送により発表、荒川医師、役場職員疲労困憊(こんぱい)この日あたりより、隔離患者のいらいらがはげしくなり、夜間役場職員の当直体制をとる。
  八月三十一日(月) 村長赤痢対策について村民の協力を有線放送で呼びかける。この日保菌者八名判明(患者累計百十九名となる)第二次一斉検便実施。未集者に対しては強力に検便を推進する。患者宅八戸、郵便局、漁業組合、バス停、恵山荘、山崎建設を消毒する。
  九月一日(火)   本日陽性者六名発見(患者累計百二十五名)直ちに患者宅消毒、尻岸内中学校生徒一名陽性者判明、本日対策業務に少し余裕が出たので若干の職員を休養させる。
  九月二日(水)   第二次一斉検便の結果、大量八十六名の陽性者判明(患者累計二百十一名)直ちに小中学校教職員、漁組職員の応援を求め防疫収容に従事する。
           有線放送原稿より
           午前十一時十分放送
            道衛生部、渡島保健所及び椴法華役場からお知らせ致します。只今当地で流行している赤痢は細菌性のもので、発病者は今日で二百十名になりました。
            この赤痢は割合に軽く、特に体質の弱い人を除いては生命にかかわることはありませんが、伝染力が非常に強く、普通の薬はきかないようです。
            赤痢菌は、患者や保菌者の大便に含まれているので用便後充分な手洗いをしないと、手についている菌が口から入るわけであります。
            それで手洗の完全励行と、はえを絶滅することが大切な予防法でありますが、更に暴飲暴食、夜ふかしなども赤痢にねらわれる原因であります。
            なお、手洗い用の薬は、役場から貰って使用してください。
  九月三日(木)   第三次一斉検便実施(恵山岬、元村、絵紙山地区を除く)この日、小中学校教員、漁組役職員青年団の協力を得て第二次全村消毒を実施、伊達日赤病院看護婦二名来村直ちに看護活動に入る。第二回予防についてのチラシ配布
  九月四日(金)   日赤看護婦派遣要請文書発送、恵山岬、恵山、絵紙山地区、二十六戸消毒実施
  九月五日(土)   第三次一斉検便の結果陽性者三十七名判明(患者累計二百四十九名)青年団漁組役職員、小中学校教員の応援を求め患者宅三十七戸を消毒、全村の陰性者の全てに予防薬七日分を投与することに決定、村長有線放送にて現況を村民に報告
  九月六日(日)   予防薬配付、退院患者の夜具その他を消毒するホルマリン消毒室の設営作業を開始。
  九月七日(月)   陽性者三名判明(患者累計二百五十二名)患者宅三世帯、中学校再消毒実施、ホルマリン消毒室完成、今夕から出漁。
  九月八日(火)   八月二十六、七日臨時隔離収容者十九名その他函館収容者四名合計二十三名退院、陽性者五名判明(患者累計二百五十七名)患者宅五戸消毒、九月六日付配付の予防薬回収を決定実施する。
  九月九日(水)   本日、八月二十八日収容患者十九名中十八名退所
  九月十日(木)   陽性者一名判明(患者累計二百五十八名)臨隔より十六名退所(退所累計五十八名)
           「正しい消毒方法」のチラシ配付
  九月十一日(金)  日赤函館病院二名、伊達病院一名の看護婦退村する。臨隔から本日五十二名退所(退所者累計百十名)
  九月十二日(土)  臨隔からの退所者八名(退所者累計百十八名)臨隔収容患者の中に今晩から出漁するぞといきまく者数名出現し不穏な空気となる。医師、村長、助役等で慰留につとめる。
  九月十三日(日)  臨隔退所者六十七名(退所者累計百八十五名)
  九月十四日(月)  臨隔患者退所者二十二名(退所者累計二百七名)
           収容患者が減少したため収容室を一線校舎にまとめ、二線校舎の消毒を実施する。
  九月十五日(火)  臨隔患者の退所者なし
  九月十六日(水)  臨隔退所者三十七名、小学校臨隔閉鎖、青年研修所に変更、患者九名を移転する。
  九月十七日(木)  日赤伊達病院より派遣された看護婦三名退村。
  九月十八日(金)  臨隔退所三名
  九月十九日(土)  臨隔退所者五名
  九月二十一日(月) 臨隔一名退所、小中学校正常授業開始、保育所再開する。
  九月二十二日(火) 消毒室、風呂場、臨隔(青年研修所)解体
 
   昭和四十五年八月三十日「北海道新聞」
   赤痢におののく椴法華村。
     "発生源"まだ不明
        漁協 イカのナマ出荷中止
  「椴法華」「なんとか小規模でとどまってほしい……」との住民の願いを裏切って椴法華村の赤痢は二十九日までに五十九人の真性患者をだし、まだまだエスカレートしそうな気配、漁協ではイカのナマ出荷をやめて加工に回しているほか、タマゴやパンなどの食料品も二十九日から入荷が一部ストップし、住民を不安におとし入れている。
 
   集団赤痢の発生源はまだはっきりしていないが、最初に患者が発見されたのは渡島保健所が行なった季節保育所の定期検便だった。この感染源不明がエスカレートの原因ともみられ、村民の不安はつのるばかり。二十八、二十九の両日まだ検便をしていなかった二千余人の一斉検便が行なわれ、三十日昼には結果がわかるが「心配で夜も眠れない」という人が多い。
   経済的影響もしだいにでてきている。天候がパッとせずイカ漁は、いつもよりかなり少ないが、それでも百箱近い水揚げ。それがナマで出荷できないためいずれも村内で加工しているが、「天候が回復しても出荷できないのでは大損」と漁民は嘆く、いつも函館から来ていたタマゴの卸し業者も「椴法華に行ったというと函館などの人がいやがるので…」と二十九日から姿を見せなくなった。パンも同じ理由で二十八日から村にはいらない。バス会社も一時は乗り入れをしぶったが、消毒の徹底をするなどの話し合いでやっと納得、運行している。
   防疫陣は渡島保健所員のほか、二十七日からは森保健所、道衛生研から検査員二人がはいり、三十日には伊達日赤病院からも看護婦二人が加わるが、ふえる患者に隔離病棟も青年研修所から椴法華小に移され、村全体が赤痢のルツボに巻き込まれている。
 
   広報とどほっけ 昭和四十五年十一月号より抜粋
    赤痢仕末記
   去る八月二十二日発生した赤痢は、丁度一ヵ月後の九月二十一日最後の患者が無事に臨時隔離病舎から退院して一まず落着しました。全村民最低三回の検便の結果、発見収容された患者の数は二百五十六名に及び、当時本村に居住していた全村民の約一割が罹患しました。開村以来始めての集団発生だっただけに村民を不安のどん底に落し入れ一時はどうなることかと心配されたものでした。
   幸いに、病状が大変軽かったこともありましたが、渡島保健所の所長さんと全職員の献身的な指導援助を始め、村内の荒川先生、小中学校の先生方、母の会、青年団、漁業協同組合の職員の皆さん、そのほか有志の人々の協力のおかげで一人の事故者も出さずに終了することができたことに対しましてこの紙上からも厚く御礼申し上げます。
   (中略)
   なにせ始めてのことでしたので防疫対策本部の方針にいろいろ手落があったことでしょうが何卒お許しをいただきたいと存じます。まだ感染経路がはっきりしませんがこの集団発生によって環境の整備消毒及び手洗いの習慣をつくることがいかに大切なことかを今更のように痛感させられました。
   村議会においては、去る九月三十日、五人編成の特別委員会を設け、衛生組合設立、ゴミ処理の方法などを検討することになりました。明るく住みよい郷土をつくるためにその節は皆さんの協力をお願いします。
   盛漁期の出来事でしたので、長期間の沖止め、罹患者や家族の休業などで各家庭の経済的損失は、さぞかし大きかったことでしょう。村の防疫に要した経費も八百万円にも及びました。その内訳は次のとおりですので参考までにお知らせします。
   患者治療経費     三〇三六千円
   臨時隔離病舎経費   二一三八千円
   村内一斉消毒経費   一〇三八千円
   患者収容経費      九六〇千円
   事務経費その他     八二八千円
   (参考) 一人当り支出額 三一二五〇円