〔明治の海運〕

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 明治に入り陸路の開削は折々に進められたが、海路は従来同様、重要な交通の担い手であった。
 徳田屋和兵衛の略伝によれば、明治七年、大阪の昆布買積みの船が初めての浜買い船として川汲の澗に来航した。
 北前船と呼ばれた五、六百石積みの弁財船の時代は、明治二〇年代まで続いていく。
 町内の神社などの船絵馬には、明治一四、五年には西洋の帆船が描かれたものが奉納されるようになる。