54シーズン目
【協会】 秩父宮殿下ご逝去、妃殿下を総裁に推戴 昭和28年1月4日に日本協会総裁秩父宮殿下がご逝去された。日本協会は1月31日、総裁に秩父宮妃殿下を推戴した。/高木喜寛初代会長逝去、田邊九萬三が新会長就任 高木会長が秩父宮殿下を追うように1月22日に逝去された。日本協会は1月31日、新会長に田邊九萬三を推挙した。/東京ラグビー場に中央スタンドが完成 オックスフォード大学の来日に備え、9月に2千名収容の中央スタンドとクラブハウスが完成した(『日本ラグビー史』P281)。【ルール】 オ大戦に解釈の統一を図り、「キックオフ、ラインアウトで捕球する直前にタックルすることは危険なプレー」とした。
【代表】 オックスフォード大学に完敗 日本代表は10月にオ大を迎え奥村竹之助監督で対戦したが、テストマッチ第1戦(主将高橋勇作)を0−35、第2戦(主将斎藤尞)を0−52で全く歯が立たなかった。
【大学】 早大2年ぶり全国制覇 第24回東西王座決定戦は、早大が同大を8−6で破り、第3回朝日招待試合で九州代表に46−0と完勝して、2年ぶり9回目の全国制覇を成し遂げた。/関東は早大、関西は同大が優勝 第23回関東大学対抗戦は、早大が全勝で2年ぶり9回目の優勝、第24回関西大学対抗戦では同大が全勝し、関西学大から覇権を奪回、7回目の優勝を遂げた。/九州は西南学大が連覇 第2回九州大会は西南学大が54−0で長崎大を下して連覇を達成した。
【社会人】 社会人大会は八幡製鉄が3連覇 第5回大会から、実業団大会を社会人大会に名称を変更した。この大会は静岡草薙で開催され、八幡製鉄が15−6で川崎重工の挑戦を退け、3年連続3回目の優勝を果たした。全国社会人大会は朝日新聞社の後援[第9回から共催]により第55回大会まで継続し、2003年度トップリーグ発足により発展的に解消する。
【地域】 三地域対抗試合で九州代表が初優勝 第6回三地域対抗で九州が関東を20−13、関西を29−17で連破し初優勝を遂げた。/第7回学生東西対抗は関東が47−10で勝ち5連勝を遂げた。
【その他】 大学大会は西南学大、高校は秋田工 第3回全国大学大会は西南学大が青学大を33−12で破り3連覇を達成した。第32回高校大会は秋田工が8−0で北見北斗高を破り2年連続7回目の優勝。/国体は成年・少年ともに福岡が制覇 第7回宮城国体は仙台市で開催され、成年は福岡県(全福岡)が6−0で東京都(全東京)に勝ち、少年は福岡県(福岡高)が6−3で秋田県(秋田工)を破って優勝を独占した。
【国際】 オックスフォード大学初来日 戦後初めて海外の名門チームを迎えて、日本のラグビー界は大いに盛り上がった。第2戦で全早大が引き分け寸前にオ大FBマーシャルのDGで8−11と惜敗した試合が忘れられない。全慶大6−28、全明大3−20、関西学生8−42、九州代表0−43と完敗し、日本代表の連敗と合わせ7戦全敗に終わった。