昭和44年(1969)度 第7回日本選手権試合 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
1970年1月15日 G:秩父宮ラグビー場 R:西山常夫 KO 14:30 | ||||||
日体大 | 29 | - | 13 | 富士鉄釜石 | ||
1 | 橋本 文夫(④平沼高) | 8 | 前 | 8 | 1 | 米沢 明(盛岡工) |
C2 | 関口 憲明(④保善高) | 21 | 後 | 5 | 2 | 中西 成幸(法大) |
3 | 夏目 健(③熊谷商) | 3 | 堀畑 義則(北見北斗高) | |||
4 | 川村 貢一(④都立園芸高) | 1 | T | 2 | 4 | 細川 正文(秋田工) |
5 | 浜武 常司(③西海学園) | 1 | G | 1 | 5 | 小林 一郎(釜石北高) |
6 | 佐野 康雄(④日川高) | 1 | PG | 0 | 6 | 和田 透(函館北高) |
7 | 福沢 敏夫(③新田高) | 0 | DG | 0 | 7 | 小笠原 秀昭(青森一高) |
8 | 赤間 英夫(③福岡電波高) | C8 | 市口 順亮(京大) | |||
9 | 本田 泰則(①目黒高) | 5 | T | 1 | 9 | 山口 明美(北見北斗高) |
10 | 青木 孝也(④大東一高) | 3 | G | 1 | 10 | 宮田 浩二(慶大) |
11 | 有賀 健(①日川高) | 0 | PG | 0 | 11 | 細川 直文(秋田工) |
12 | 吉村 孝秀(④錦城高) | 0 | DG | 0 | 12 | 石塚 広和(同大) |
13 | 小田木 透(④都立園芸高) | 13 | 鈴木 忠義(明大) | |||
14 | 佐藤 司(④北海高) | 7 | 反 | 11 | 14 | 小田島 孝彦(黒沢尻工) |
15 | 戸島 文夫(④金足農) | 15 | 干場 日朗志(釜石北高) | |||
大学選手権で早大に11−9で逆転優勝を遂げた日体大が、富士鉄釜石に勝って夢のチャンピオンに輝いた。社会人大会は近鉄がトヨタに勝って優勝したが、近鉄、トヨタがともにアジア大会と日本選手権の日程重複を理由に出場を辞退したため、3位の釜石が日本選手権に出場した。『機関紙』Vol.19-5の青井達也氏の観戦記に「ゲームは40分ハーフ、社会人にとってはつらいところだ。グラウンドも珍しく砂塵もうもう、総力のある日体大に有利である」とある。同誌の座談会に「社会人も40分でやらないといけない」というコメントがあり、当時35分ハーフが多かったことを思い出す。日体大は前半20分FL福沢がゴールポスト直下に飛び込んだトライ(青木ゴール)と青木のPGに対し、釜石は2T、1Gの8−8で折り返すが、後半日体大はWTB佐藤の2トライなど5T、3Gの猛攻を浴びせて結局29−13で快勝した。宿願を遂げた綿井永寿監督の満面の笑みが忘れられない。